脳裡に残るのは、鮮やかな赤。
滴り落ちる鮮血。
白い肌にスッと引かれた傷。
冷たい眼差しの後輩と、優しく笑う先輩。
今、初めて、自分のしでかしたことの重さに気付いた。
ある日の部活後、部室に二人になった途端、乾が海堂を呼び止めた。
「桃にあんまり構うなよ」
何スカ?と、乾のほうに振り返った海堂に、乾が投げかけた言葉。
「は?何で俺があいつを構わなきゃいけないんっすか?」
乾の言葉は、海堂には理解不能のことのようで、海堂は機嫌が良くなさそうな声を出す。
「言い方が悪かったか。桃がお前にちょっかいかけてきても、相手するなと言いたかったんだが」
「何でっすか?」
「…越前の機嫌が悪い」
乾の言い様に、もしかして妬いてる?とか思った海堂は、少しの期待を込めて意味を問うたが、返ってきたのは全く別の理由。
それも、一年下の生意気な後輩の名前を出されて、海堂の機嫌は低下した。
「越前の機嫌と、どういう関係があるんすか?」
「俺から見たらね、お前らの喧嘩は見慣れたもので、またかって思う程度だけど、越前は喧嘩するほど仲が良いってことわざもあるしで、妬けるんだろうな」
「でも、それが先輩にどう関係するんっすか?」
「お前らが喧嘩するとね、越前の奴、俺にあたるんだよ」
溜息混じりに話す乾に、海堂の眉間に皺が寄る。
「そんなのあんたらの勝手だろう」
越前の話題に嫌気がさしていた海堂が、半ば怒鳴るように叫ぶ。
「海堂?」
「そんなこと、あのバカに言えばいいだろ」
折角二人でいたのに、これ以上、越前や桃城の話をしたくなかった海堂は、逃げるように部室を後にした。
次の日
昨日言われたことで、まだ機嫌の悪い海堂。
何も知らない桃城が、いつもの如く近づいてきた。
そして始まる、恒例の
「「やんのか、コラァ!!」」
の始まりの挨拶。
始めた喧嘩を眺めるギャラリーの中で、乾は深い溜息を吐く。
「よく、飽きないっすよね」
その横で、不機嫌丸出しに呟く越前。
「止めたんだけどな…」
「無駄っす」
「逆に妬かれたよ」
苦笑混じりに話す乾に
「いっそ、それのほうがいいかも」
と、すこぶる笑顔で言われ、
「余計にヤヤこしくなるから、やめてくれ」
と、返事した。
「止めにいくか…」
大石と河村が二人がかりで止めようとするが、無駄に終わってる現状に、乾が動き始める。
「ほっときゃいいんっすよ」
横をついて歩く越前は、冷たく言い放つ。
「武器が出始めたら、流石にな…」
海堂の手にはラケットが握られていて、海堂の手が上にあがる。
本気で、桃城にぶつけるということはしないだろうが、あれを振り下ろすのは一目瞭然で、振り下ろされたラケットは桃城のすぐ横のポールに当たり、折れて飛んだ。
「危ない!」
「…!!」
「越前!」
大石の声と、飛んできたラケットに、乾は咄嗟に越前を庇う。
ザッ!!
「乾!」
「乾先輩!!」
「大丈夫か、越前?」
「先輩のほうが、大丈夫じゃなさそうっすけど?」
「…言えてるな」
乾の腕から落ちる鮮血。
飛んできたラケットは、越前を庇った乾の腕に白い線を残していった。
のほほんと話す乾に、越前が呆れかえったような、心配をにじませた声で訊ねる。
わらわらと集まってくる部員の仲に、元凶の二人を見つけ、越前の表情が暗くなる。
「先輩…」
「越前…」
心配そうに近寄ってくる海堂と桃城に
「あんたら、いい加減にガキじゃないんっすから、自分たちのせいでどれだけ周りが迷惑被ってるか考えたらどうっすか」
とうとう堪忍袋の緒が切れた越前が怒りを爆発させた。
シンとしたコート内。
部員全員の前で、後輩に怒られる先輩二人。
「俺が乾先輩の手当てに付いていきますから、あんたらはあといくらでも、喧嘩するなり、イチャつくなりしたらいいでしょ」
黙りこくっている二人に、最後まで言い切って、越前は乾を連れて保健室に向った。
『キニスルナヨ』
越前に半ば引き摺るように連れていかれる乾は、後ろを向いて、桃城と海堂に声を出さずに口をパクパクさせて、伝えた。
越前に引き摺られて来た保健室。
考えて見れば、誰かの手当てどころか自分の手当てすらしないような越前に、乾の手当てが出来るはずもない。
「二人とも、ショック受けてたぞ」
乾が一人でテキパキと手当てしてる前の椅子に座って、越前は不機嫌そうな顔でそれを見つめている。
乾が仕方ないなという風に口を開く。
「あっちが悪いんでしょ。俺は知りませんよ」
「気にしてるんだろ?」
不機嫌そうに口を開く越前に、乾が苦笑を漏らす。
「俺は自分で出来るから、戻っていいよ」
「でも…」
「大丈夫、わかってるだろ?」
「っす」
保健室のドアを見て、乾は少し笑って越前の頭を軽く叩く。
スッと立ち上がった越前は、スタスタと保健室のドアを開いて出て行く。
「あっ」
「あの…な…」
ガラっと勢いよく開けられたドアの向こう。
乾の怪我の原因となった海堂と桃城が気まずそうな顔で立っていた。
「俺、手当て苦手なんで」
視線を海堂に向け、ボソッとそれだけ言い放った後、桃城に
「行きますよ、桃先輩」
そう言って、越前は保健室を後にして、部活に戻る。
「おい、待てよ、越前」
慌てて追いかける桃城。
海堂は、どうしていのか分からずに、その場に立ち尽くしていた。
「海堂」
「!!」
「いるんだろ?」
少しして乾が海堂を呼ぶ。
その声に驚いていると、もう一度、問いかけるような乾の声が聞こえる。
「っす」
その声に小さく返事して、海堂はそろそろと保健室に入っていった。
「包帯巻くの一人だとしんどいんだ、手伝ってくれない?」
保健室のドアを閉めて、そのドアの前で立ちつくしている海堂に乾が優しく声をかける。
「は、はい」
その声に触発されるように、海堂は慌てて乾の目の前の椅子に座る。
「悪いけど、包帯巻いてくれる?」
はいと出された左手に、海堂が恐る恐る手を伸ばし、包帯を巻き始める。
「ごめんなさい」
ガーゼに移る血に気付いて、海堂が痛々しい声で謝る。
「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめっ…っさい…」
ぎゅうっと涙を堪えるように顔を顰めて、かすれた声で謝り続ける海堂。
「俺、こっな…」
堪えきれなくなって、海堂の瞳からはポタポタと涙が零れ落ちる。
乾の色の白い肌に、くっきりと映える紅。
こんなことになるなら、乾に怪我を負わせることになるのなら……
あの時、彼の言った通りに、桃城の相手などしなければよかった。
くだらないヤキモチなんか妬かないで。
「気にするな」
怪我をしていないほうの乾の手が海堂の頭上に伸びる。
そのまま優しく頭を撫でる。
「俺は平気だから、泣くな」
「へ…っきじゃ…ない」
平気なわけあるもんか。
例え怪我した手が利き腕じゃなくても、それでもテニスをするには影響が出る。
しばらくは練習できない。
それに、まだ血が止まらない以上は、病院に連れていかないといけない。
たぶん、縫うのは避けられない。
「そ…だ、病院…」
「いいよ、そんなにひどくない」
「ひどい。先輩は、自分のことには無関心だから…誰かが引っ張ってでも連れてけって…」
保健室に来る前に、部長に言われた。
一人で帰したら、病院にいかずに、データの整理して練習してって、いつもと同じ生活をするって。
だから、罰として練習にでずに先輩を病院に連れていけって。
言われなくても、そうするつもりだったけど。
「…だから、一緒に病院行きます」
説明して言い切る海堂に、乾は少し考えた後、
「わかった。じゃあ、お言葉に甘えようかな」
と、答えた。
「じゃ、すぐ行きましょ」
「え?ちょ、海堂」
ほっと安心したように笑う海堂に乾もほっとするが、乾が言葉を返す前に動かないとと思ったのか、すぐに乾の怪我していないほうの手を捕まえて病院に乾を引っ張っていこうとするので、乾は慌てる。
「待てって、ちゃんと行くから」
「ダメっす、先輩そう言っていかないことのほうが多いじゃないっすか」
困り果てる乾を無視して、海堂は乾の母親の働いている病院に乾を連れていった。
病院ではすぐに乾の母親が来て、傷の手当てをしてくれた。
やっぱり数針縫うことになったその手に、海堂は視線を落とす。
「痛いっすか?」
包帯に巻かれた乾の腕。
その傷をつけたのは自分。
「大丈夫だよ。それより、薫のラケット買いにいかないとな」
「あれは練習用だから…」
こんな時でも自分のことを気にかけてくれる乾の優しさに、海堂はフルフルと首を横にふる。
「それより、先輩のこれからが…」
利き腕を怪我してるから、しばらくは不便な生活が強いられる。
「何とかなるよ」
「俺…、治るまで世話するっす」
「気にしなくていいって言っただろう」
海堂の言葉に、乾が諭すように言う。
「でも…」
「俺は大丈夫だから」
「先輩、一人じゃないですか…」
帰らせようとする乾と、何とか残ろうとする海堂。
「俺、何にも出来ないけど、でも…先輩の世話したいっす」
「海堂…」
「責任とか、そんなんじゃなくって、先輩の世話したい…」
「……いいよ」
先に折れたのは乾のほう。
涙ぐんで、好きな人に世話したいなんて言われたら、ひとたまりもない。
諦めたような溜息ともに、了承の言葉を口にした。
「本当っすか?」
途端に、瞳を輝かせる海堂。
「ああ、でも無理はするなよ。出来る範囲でいいんだからな」
「はい」
ということになって、海堂の世話焼きの日々が始まった。
部活のない休日
朝早く起きた海堂は、隣で眠る乾を起さないようにベッドを抜け出す。
パタパタと洗面所を借りて、顔を洗いハミガキをした後、洗濯機を覗き込み、キチンと乾が洗濯物を出しているかをチェックしたら、洗剤をほりこみ、ボタンを押す。
水が出始め回りだした洗濯機を確認して、服を着替えリビングに向う。
冷蔵庫から朝食に使う食材を取り出し、乾のための朝食を作り始める。
ひと段落がついたところで、洗濯機を覗きに行く。
「…しょっと」
洗濯機の中身を出して、ベランダに向かう。
「絶好の洗濯日和だな」
晴れ渡った青空を見て、頷く。
手馴れた手つきで、海堂は洗濯物を干していった。
取りあえず、朝のうちにやってしまうことを全て終えた海堂は、トコトtコと乾の部屋に戻る。
おこさないようにソッとドアをあけて、足音を忍ばせて中に入る。
乾の眠るベッドの横にやってきて、乾のデジカメを構える。
そっとそれを覗いて、位置を確認してシャッターを切る。
一瞬光るフラッシュに起きてしまうんじゃないかと思ったが、乾はまだ夢の中。
それにホッと胸を撫で下ろして、前に乾に教えてもらった彼のパソコンの電源を入れる。
泊まることになった時点で買っておいた高画質な写真を印刷する用紙をプリンタに差し入れ、今撮ったばかりの写真をプリントアウトする。
「…ッシ」
その写真を大事に鞄の中にしまって、証拠隠滅のためデジカメから削除して、パソコンの電源も消す。
後は、また乾のベッドに近づいて、乾が起きるまで、滅多に見られない彼の寝顔を堪能するだけ。
「…カオル…?」
かれこれ30分ほどたって、ようやく乾が起きる。
まだ寝ぼけた思考に、見えない視界で目の前の人物を呼ぶ。
「おはようございます」
「おはよう」
乾のベッドに顎と両手をのせた状態の海堂がはにかむ。
その姿を認識した乾もおはようと返しながら、嬉しそうに笑った。
「起きた時点で、起してくれてよかったんだよ?」
乾の手が海堂の頭に伸びて、撫でる。
「ご飯できてますよ」
優しい手の感触に照れたように笑う。
「薫が作ってくれたんだ」
それはそれは…
嬉しそうにベッドから起き上がる乾に、
「味の保証は出来ませんよ」
と、伝えるけど
「大丈夫、俺が保証するよ」
と言い返されてしまった。
乾が顔を洗ったり着替えてるうちに、海堂は最後の仕上げをする。
二人分の食事を綺麗に盛り付けて終わった頃、
「美味そうだな」
着替え完了の乾が入ってきた。
「先輩には負けますけど」
どうぞと促して、乾を座らせる。
「そんなことないよ」
目の前の料理は謙遜する必要もないほどの出来で、乾は素直な感情を話す。
すると、海堂は照れたように目を伏せる。
「…食べましょう」
恥ずかしいのか、ボソボソと話す海堂に
「そうだね、頂きます」
優しい笑みを浮かべた乾が箸を持ち、手をあわせる。
「はい、頂きます」
その後は、時折、ポツポツと話をしながら、海堂の手料理を二人仲良く平らげていった。
「ご馳走様、美味しかったよ」
「ご馳走さまです。じゃあ、後片付けしますんで、先輩はソファにでも座っててください」
「手伝うよ」
「ダメです。何のために俺がいるんっすか」
海堂の言葉に、乾が申し出るが強い声で否定されてしまう。
仕方がないので、乾は大人しくソファで待ってることにした。
が、すぐにそれも飽きてしまって、食器を洗ってる海堂の傍に行く。
「何だか、新婚夫婦みたいだな」
ブルーのエプロンをつけて、食器を洗ってる海堂を眺めながら、乾が呟く。
「何スか、それは」
食器を持ったまま振り返って呆れたような声を出す海堂。
「いや、こういうのも悪くないかなって」
「あの…邪魔なんすけど…」
海堂の真後ろにたち、腰に手をまわして後ろから抱きしめる。
海堂の頭の上に顎をのせて、洗ってる姿を見る乾に、海堂が文句を言うがそのままにさせているから、それほど怒ってるというわけではないらしい。
「いや、甘えさせてくれるっていうから」
折角なので、甘えようかと…
「仕方ねぇな…」
楽しそうに話す乾に溜息混じりに答えて、乾をくっつけたまま食器を洗う。
食器を洗い終え、乾を貼り付けたままでいた海堂は、乾をソファに座らせて傷の手当てを始める。
血は止まったものの、まだ真っ赤な線が引かれた腕に海堂は眉を顰める。
「毎日、見るたびにそういう顔しなくても」
そのたびに、乾は苦笑交じりにそう言う。
「でも…」
「そんな顔するなら、自分でするけど?」
「俺がする」
手当ての都度、こういう会話が繰り返されていた。
手当てが終わると、海堂の朝の自主練を始めるために準備をする。
二人で出ていって、海堂が遠回りして走って公園につくまでの間に、乾は歩いて普通に向う。
公園で海堂が走りこみを終えて戻ってくるのを待って、柔軟・練習と乾の監視下の元でその日のコンディションに合わせたメニューを消化していく。
自主練も終わり、家に戻れば汗を流す程度にシャワーを浴びてきた海堂が、簡単に食べれる昼食を作り、昼食を食べながら、残りの時間は二人仲良くゲームしたり本を読んだりと過ごしながら、海堂はきっちりと洗濯物をたたんで、お風呂の用意に、夕飯の準備と乾のためにせっせと動いていた。
その後も、夕食後の自主練と日課になっているものは全て終わらせていた。
そして、時間は入浴時間になった。
「俺が洗うって言ってんでしょう」
「え〜、薫の髪の毛洗うの、俺の楽しみなのに〜」
「何言ってんっすか、先輩、そんな手で洗えるわけないじゃないっすか」
二人でお風呂に入って、シャワーの取り合い。
腕を怪我して濡れないようにと気を使われている乾のほうが、いつものように海堂の頭を洗おうとして怒られていた。
「今日は俺がするんんです。だから、先輩は何もしちゃダメっす」
乱暴に乾からシャワーを奪って乾の頭を押す。
嬉しそうに髪の毛を洗い始める海堂に、乾はもう何もする気も起きなかった。
「やっぱ硬いっすね」
乾のツンツンした髪の毛にシャンプーをつけながら呟く。
「そうだな」
ぎこちないながらも一生懸命に洗おうとしてくれる海堂の手の感触を楽しみながら頷く。
結局、海堂は乾の髪の毛だけに留まらず、怪我してるんだからと言って、体も洗ってあげた。
勿論、逆に洗いたがる乾の言葉には耳もかさず、自分の髪や体は自分であらっていた。
お風呂を上がってからも、海堂の世話はとどまることを知らずに、乾をソファの前に座らせてドライヤーで乾かす。
「乾かしてくれるのはいいんだけど…、君の髪のほうが濡れてると思うんだけどね」
ポタポタと落ちてくる水滴に乾が苦笑する。
「…俺は後でいいんです」
少し乱暴に乾かしながら出た言葉に、
「ダメ、ちゃんと乾かして」
「っす」
乾にすぐに否定されたために、海堂はザッと自分の頭をドライヤーで乾かした。
寝る前に、傷の手当てをしなおして、二人仲良く乾の部屋へ…
「…これは、しなくていい」
ご飯も終わって、お風呂も入ればすることは後、一つ。
そう寝ること。
現在、二人がベッドの中央に座って、お互いの手を掴んで牽制しあっていた。
「なんでっすか?」
グイグイとお互い腕を押しながら、話してる姿ははっきりいって傍から見れば滑稽であろう。
だが、本人たちは至って真剣なのである。
「これは、俺がしたいの」
「ダメっす。怪我にさわります」
「大丈夫だよ」
「絶対にダメ。だから、俺がしてあげます」
「ダメ」
「ケチ」
「ケチで結構。腕枕は俺の特権」
「む〜俺だって先輩抱っこして寝たい」
お互い押し合いを繰り返していたが、乾がグイッと引っ張ったさいに、海堂の体は乾の体にすっぽりと収まる。
「お前がしたら、腕折れそうで恐いよ」
「あんた抱いたくらいで、折れるわけねぇだろ」
「分かってるけどね」
「じゃあ…」
「でも、ダメ。これは別問題」
言い切る乾に不満そうな海堂。
「仕方ないなぁ、今度さ、膝枕してよ」
それなら、されてあげるから。
「…仕方ねぇ。それで我慢してやるよ」
その代り、明日にはしてもらうからな。
「はいはい」
「でも、だからって先輩が腕枕するのを許したわけじゃねぇからな」
「何で?」
「何でって、先輩、腕に怪我してるんですよ。悪化するに決まってるじゃないですか」
「それじゃあ、海堂抱っこして寝れないじゃないか」
「抱っこしてくれなくていいっす」
「一緒のベッドに寝るのに、寂しいじゃないか」
「だから、俺が抱っこしてあげるっつったでしょ」
「それはダメ」
「じゃあ、諦めてください」
「う〜」
「文句あるなら、俺、ソファで寝ます」
「………ないです」
「ったく、俺だって寂しいんっすよ」
乾をベッドに寝かせて、自分も横になって布団を被せる。
「だから、早く良くなってくださいね」
電気を消して、顔が見れないように深く布団を被る海堂。
「ああ、早く治して、薫を抱き締めたい」
海堂の頭の頂に、そっと口吻を落とす乾。
「俺ももっと手伝いますから…」
「有難う、お休み」
「お休みなさい」
最後に唇に口吻を落として、二人は眠りについた。
このままごとのような同居生活は、乾の怪我が治るまでずっと続けられていた。
そして、乾の怪我が治って…
「物足りねぇ」
「何か、足りない感じがするんだよね」
二人いた日々が、いいことばかりだったせいで、また離れてしまえば何となく寂しくなった二人は、前以上に、お泊りを頻繁にするようになり、一緒にいる時間が増えていった。
「こういうのを、怪我の功名って言うのかな?」
「バーカ」
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