Wait & See



いつからだろうか、これが儀式のようになってしまったのは。

部活後の自主練を初めてから、知ったこと。
データ集めが好きな一つ上の先輩は、いつも部活後に部室に残って、部活中のデータを整理してから帰ることを。

最後まで残って練習をする俺と、データを整理する先輩。
気がつけば、一緒に帰るようになっていて、いつの間にか先輩は、俺を待つようになっていた。
連日遅くまで起きているのか、先輩は俺が戻って来る頃には、居眠りをしてることが多くなった。

初めは、先輩が寝てる姿を見るのが特別みたいで嬉しかった。
次第に、触れたくなって、手で触れても起きないのを知ったら、より深く触れたくなった。
その想いは心が理解する前に、体が理解していた。

「あっ…」

小さな驚愕の声は、それでも目の前で寝てる人を起すことはなく、ホッと安堵の息を吐いた。
ベンチに座って背を壁に預けて眠る先輩の額に不意に触れたのは自分の唇。
思わず覆った唇を指でなぞる。
たった今、この人の皮膚を感じた箇所。
凄く熱く感じた。
熱が熱を伝達する行為。
気がつけば癖になってしまう熱さ。
溢れた想いと一緒に、もう止めることなんか出来なかった。
だから、その日からそれは、一種の儀式のような日課になっていた。

今日も練習を終え、部室に戻る。
バンダナを外して、それで顔にかかる汗を拭う。
中にはいつものように乾が一人。
ここ最近は、いつも寝ている。

「先輩…」

眠る乾の前に立ち、そっと呼んで見る。
目線の高さに腰を落とし、眠っているのを確認する。
そおっと、乾の隣に手をついて、体を浮かせる。
音のしない静まった部屋。
一枚の絵のように、落とされた口吻。

「先輩、好き…」

たった一つ、落とされた言葉。
まだ、起きてる時に伝える勇気はないから。
今は、秘密の行為で、何もなかったようにロッカーに向おうとした。

「返事は?」
「っっ!!」

突然掴まれた腕と、聞こえた声に、海堂の心臓が跳ね上がる。

「俺の返事はいいの?」

振り向くことも答えるころも出来ずに黙り込む海堂。

「海堂?」

寝てたはずの人の声は、けれどもはっきりとしていて、とても寝起きとは思えない。

「……起きてたんすか?」
「うん」
「いつから……?」
「部室で寝たことはないよ」

乾の返事に海堂は凍りつく。
寝たことはない。
つまり、乾はずっと海堂の儀式を知っていたのだ。

「どうして…?」

今まで何も言わなかったのか。

「俺をからかって遊んでたんっすか?」

涙が出そうだ。
悔しくて、哀しくて、恥ずかしくて…

「違うよ、嬉しかったから」
「…?」
「俺も海堂が好きだから、初めは驚いたけど嬉しかったんだよ」
「なら…どうして?」

今まで何も言わなかったんだろう。
もっと早くその言葉を聞けてたら。

「自信がなかったから」
「自信?」
「海堂は俺の額にキスをするけど、好きとかの言葉はなかったから」
「そんな…」

言わなくっても、その行為で分かるだろう?

「でもね、やっぱりちゃんと聞かないと恐かったんだよ」
「そんなの勝手だ」
「うん、ゴメンね」

腕を強く引っ張って、海堂を胸の中に抱きこむ。

「好きだよ、海堂」
「ん…」
「ずっと見てた」
「俺もっす」
「好きだよ、大好き」
「俺も、先輩がずっと好きだった」
「ちゃんとキスしたい」
「………俺も」

知ってしまっているから。
皮膚が触れ合う気持ち良さを。
額にしかしてないのに、気持ちよかった。
だからいつも思っていた。
唇に触れたらどうなるんだろうと
だから、乾の言葉に海堂が拒絶できるはずがなかった。

「ずっと、触れたくてたまらなかった」
「先輩」
「抱き締めて、キスして…」

強く抱き締める腕。
近づく体温。

「自分の体で、海堂の熱を感じたかった」

唇が触れる前に紡がれた言葉。
同時に感じた吐息。
それだけでも、ゾクゾクするのに
触れた唇は火傷しそうなほどに熱くて……
酔いそうなほどに、甘かった。

Fin