某日、某時間
風呂上りの乾がふらりとつけたテレビ。
やっていた番組は某アイドルたちがオリジナル料理を作って売り上げを競うというもので……
その日のメニューはカレーだった。
「ふーん…」
目の前で繰り広げられる新しいカレーに乾は興味を持つ。
そして、
「なるほど…」
気に入ったらしいソレを作って見ようと、材料を考える。
「どうせなら…」
何か思いついたらしい乾が、それはそれは、愉快そうに笑った。
それから数日たった、土曜日。
明日の日曜は久しぶりに部活は休み。
乾が計画を実行するにはとても都合のいい日で、部活後の部室。
「菊丸、明日飯食いに来ないか?」
間違いなく飛びついてくる菊丸に声をかける。
「えっ、何。乾、飯作ってくれんの?」
乾からの誘いに、見事にのってくる菊丸。
その姿に、乾は心の中でほくそえむ。
ちょろいな菊丸。
「あぁ、カレーでよければだけどな」
「全然OK!!乾が作ってくれるんなら、何でもいいよ」
嬉しそうにはしゃぐ菊丸。
何でも…食べてもらおうじゃないか。
「そう言って貰えると嬉しいよ」
口元を楽しそうに歪めながら、口を開く。
「僕は誘ってくれないのかな?」
隣にいた不二が乾に訊ねる。
「まさか、菊丸の後に誘うつもりだったさ」
不二か…まあ、こいつの味覚は興味深いからな。
他の連中とはまた違ったデータを取らせてもらうことにしよう。
乾の頭の中に浮かぶのは、どこか不穏な言動ばかり。
けれど、外見はそんなこと分からせないように、いつも通りの表情だ。
といっても、無表情と言う意味だが……
「先輩、俺は?俺は?」
かかったな…
乾達の会話を聞いていた桃城が参加する。
これも乾の計算通りで…
「桃も来るか?俺は構わないぞ。何なら、越前もどうだ?」
考えていた通りの台詞を、今思いついたとばかりに口にする。
「よっしゃー。お前も勿論行くよな?」
乾の言葉に嬉しそうに叫びながら、越前を誘う。
「いってもいいですよ」
チラっとこっちを見て呟いて、また着替えに戻る越前。
態度はそっけないが、顔は結構嬉しそうだった。
越前も参加決定っと
乾の頭の中に、増えていく参加メンバーが列挙される。
「手塚も来るだろう?」
残り半数を誘いにかかる乾。
とは言っても、海堂は始めから泊まりに来る予定なので、誘う必要なし。
大石・河村に至っては、菊丸・不二が誘っているので、自分の手を汚す必要もない。
となると残りは、部長の手塚だけで…
一見、そんなものには興味なさそうな手塚に、そこにいた一般部員たちは
(部長が参加するわけねーよな)
と、一様に思ってるらしいが、
乾はというと、絶対的確信を持って誘っていた。
「そうだな、行かせて貰おう」
手塚の言葉に驚く一般部員。
それに比べ、レギュラーたちの飄々したこと。
彼らは知っていた。
手塚がこの中で一番、乾の手料理を気に入っていることを。
乾が料理をご馳走すると言った時点で、手塚の参加は決定的だった。
その上、乾は手塚が一番信頼している親友。
その親友からの誘いを無下にするような男ではなかった。
例え、その親友が何かを企んでいたとしても……
「いいのか、乾?」
不二・菊丸に誘われた、河村・大石が了解を取るように聞いてくる。
「何言ってんだ、当たり前だろう」
それに乾はいつも通りに答える。
これで、面子は揃ったな。
自分の周りで嬉しそうに明日の話で盛り上がるレギュラー陣を見て、乾が一瞬だけ愉快犯が見せるような笑みを浮かべた。
ほんの一瞬のその笑みに気づいたのは、親友の手塚、恋人の地位にいる海堂。そして、ある意味、青学最恐の不二の三人だけだった。
(((何か企んでるな)))
その事に三人は気づいたが
(((まあ、自分に被害はないから問題ないか)))
と、それについては触れずにいた。
最強の味覚を誇る不二にしてみればどんなカレーが出たとしても問題はないし、親友・恋人とそれぞれの位置にいる手塚・海堂の二人は乾が自分に危害を加えるようなことはしないということを十分に理解してるので問題ないのである。
結局のところ三人とも、自分さえよければそれでいいのであった。
部活終了後
家に着いた乾は、海堂の為に夕食を作った後、コツコツと明日の準備を始めていた。
カレーは前日からじっくりと煮込むほうが美味しいからだ。
大きな鍋に材料を入れて、じっくりコトコトと弱火で煮込む。
このまましばらくは煮込むだけなので、キッチンから出ることにした乾。
リビングに向かった乾の目に写ったのは、不貞腐れてクッションを抱いて上目遣いに睨みつけてくる恋人の姿だった。
あんまりにも可愛いその姿に、
デジカメ持ってりゃよかった
と、心底後悔したらしい。
「カレーに焼きもち?」
海堂の前に座って、目線を合わせる。
「フン」
楽しそうに聞いてくる乾に、海堂はプンと横を向く。
「構って貰えなくて拗ねてるんでしょ?」
ククッと笑いながら海堂の頭を撫でる。
「たっぷり構ってあげるから、許してくれる?」
海堂の手の中にあるクッションをソファに置く。
「薫、おいで」
眼鏡を外して、両手を広げる。
いつもは隠されている乾の瞳が優しく海堂を見つめる。
そろっと海堂が動く。
ポスッと乾の腕の中に海堂が飛び込む。
「あんまりほっとくと、帰りますよ」
乾の胸に顔を埋めて呟く。
「ごめん、ごめん。ちゃんと相手するから、帰らないで」
海堂のつむじに唇を寄せて囁く。
「仕方ねぇな…」
口は悪くても、嬉しそうにすり寄ってくる海堂を乾は抱き上げる。
いわゆるお姫様抱っこというものをして、海堂に軽いキスを贈る。
そのまま二人は、乾の部屋へと消えていった。
甘い夜をすごし、可愛いお姫様は夢の中。
そして、お姫様をたぶらかした魔法使いは……
「さてと…」
大きな鍋一杯に出来たカレーを満足そうに眺める。
大元になるカレーを5つにわける。
そして、新たに冷蔵庫から取り出した各種スパイス…?らしきものを入れていく。
また、じっくりとこの五つを煮込んで、出来た5つのカラフルな色のカレーたち。
明日のことを思って愉快そうに笑う、魔法使いは
台所に戻って、最後の仕上げに取り掛かっていた。
当日、昼前…
家のチャイムが鳴り響く。
「薫、変わりに出て」
来る頃だと予測を立てていた乾は、既にカレーを温めていて手が離せず、リビングで寛いでいる海堂に声をかける。
「うす」
乾に言われ、海堂が玄関を開けると、そこにはどこで居合わせたのか全員揃っていた。
「乾、来たじょ〜」
パタパタと廊下を走って、菊丸がリビングに入ってくる。
続いて、桃城、越前といつもの面々が顔を覗かせる。
彼らが来る前に、5つ全てに蓋をした乾もそこを離れる。
「よく来たな」
軽く手をあげて挨拶をすれば、
「腹減った〜」
菊丸がお腹を押さえて訴えてきた。
「じゃあ、始めようか」
乾が出した言葉に、一同、不思議そうな顔をする。
それを全く乾は無視して、全員をリビングのテーブルの前に座らせる。
「じゃあ、これ引いて」
どこから出したのやら、人数分の棒を8人の前に出す。
「何これ?」
菊丸が訊ねるが
「いいから」
乾はそれに答える気はない。
「まあ、いいじゃない」
動じない不二が、最初にその棒を引く。
「不二は緑な」
不二が引いた棒は先を緑に塗られていた。
「次、俺引く」
不二が引いたことで、そっちに興味を引かれた菊丸が続いて引く。
それに続き、桃城・越前・大石・河村・手塚・海堂という順で引いていく。
そして出てきた色は…
「俺、赤〜」
「不二先輩と一緒の緑っす」
「黄色…っすね」
「俺も赤だな」
「俺は黄色みたい」
「黒だ」
「白…っす」
不二・桃城が緑、菊丸・大石の黄金コンビが赤、越前・河村が黄色、手塚が黒で、海堂が白だった。
「じゃあ、用意してくるよ」
全員からそれを受け取って、何やらノートに書き写している乾。
人の悪そうな笑みを浮かべて、キッチンに戻っていく。
その笑みに、どことなく嫌な予感を浮かべるレギュラー陣たち。
今更気づいたところで、もう乾の張った罠からは逃げる術もなかった。
少しして、乾が人数分のカレーを両手に持ってやってきた。(勿論、お盆に入れて)
「はい、これが桃と不二…」
そう言いながら目の前に並べられていくカレーは、さっき引いた棒と同じ色のカレーで……
「うげ、何だよコレ」
目の前の真っ赤なカレーに菊丸がフニャと泣きそうになる。
「うわっ…緑のカレー…」
同じように涙目になりながら、自分のカレーを見つめる桃城。
「美味しそう」
同じ色のカレーなのに、もう一人の不二は嬉しそうだ。
「乾…これは…」
大石も冷や汗が背中を伝わるのを感じながらそれを見つめる。
「俺は当たりってとこでしょ」
黄色のカレーにほっと安心する越前。
(((((((やけに黄色い気がするんだけど……)))))))
越前と河村のカレーを見ていた越前以外の7人が心の中で呟く。
本来のカレーはもうちょっと茶色いだろうと、突っ込みたくなるのを堪えていた。
「黒…だな」
真っ黒なカレーにイカが入れられているソレに、何となく色の正体に気づく手塚。
「…クリームシチュー?」
どうみてもカレーに見えない白いカレーに首を傾げる海堂。
「どうした?遠慮せずに食べろよ」
そんな7人に楽しそうに乾は告げる。
その手に、ノートを持って。
((((((((何のデータを取るんだ??))))))))
一人椅子に座って、上から様子を眺めている乾に心の中で突っ込むレギュラーたち。
彼らに未来はあるのだろうか?
「頂きます」
皆がそれを食べることに躊躇してる中、不二がそれに口をつける。
一口、食べて…
感想待つ7人。
モグモグと口を動かして飲み込んだ後、
「これ、美味しいね」
ニッコリと乾に向かって笑う不二。
そのまま二口・三口を食べているのに安心したのか、他のメンバーも食べ始める。
ここで彼らは重大な事実を忘れていたのだ…
それは…
不二が、野菜汁を美味しいと言えるほどの味覚の持ち主である。
という、事実を…
……
数秒後
「うわ〜っ」
「うぎゃ〜っ」
「グッ…」
「……っ〜」
「……バーニング!!」
赤・緑・黄色のカレーを食べた5人が台所へと駆け出す。
「美味しいのに…」
パクパクと食べながら不思議そうに桃城を眺める不二に、楽しそうにノートに何かを書きとめる乾。
そんな連中を横目に、手塚と海堂は…
「やっぱり、イカスミか」
「カレーの味しますね、これ」
「結構、いけるな」
「これも、美味いっすよ」
当たりを引いたらしく、美味しそうに話ながら出されたカレーを綺麗に食べていた。
「何だよ、あのカレー」
口の中を水でなんとか潤したものの、まださっきの味が残ってるらしく、口元をしきりに摩る菊丸が訊ねる。
「そうっすよ。この世の物とは思えない味でしたよ」
思い出したのか、口元を手で覆う桃城。
同じものを食べていたはずの不二は、全て食べ終え、ご満悦な表情だ。
「乾、アレってもしかして…」
思い当たる節があるらしい大石が口を開く。
河村・越前に至っては、ヒリヒリする口元を未だ、水で冷やしている。
「大石と菊丸のカレーは、ペナル茶カレーだよ」
当たりと楽しそうに笑う乾。
「何てもん、食わすんだにゃ〜」
それを聞いて憤慨する菊丸。
「乾…人を実験台にするなよ」
逆に大石は疲れたように、テーブルに突っ伏す。
「じゃあ、もしかして…」
乾の言葉に嫌な予感を覚えた桃城が訊ねる。
「そう、桃と不二のは、野菜汁カレー」
凄いな桃と語る乾に
「嬉しくないっす」
思わず床に突っ伏す桃城だった。
「どうりで美味しいわけだよね」
かたや不二は、さりげにえらい台詞を吐いていた。
「で、越前と河村のカレーが、通常のカレーの20倍の辛さの激辛カレー」
ようやく収まったのか、水を飲み干した二人の視線に、乾が種明かしをする。
「そんなもん、作んないでください」
嫌そうな顔を浮かべる越前に
「辛いわけだよ…」
疲れた表情の河村。
二人とも唇はあまりの辛さに腫れていた。
「俺のは、イカスミだな」
乾・不二・海堂から言われ、洗面所で歯磨きをして戻ってきた手塚が訊ねる。
お歯黒の部長は流石に見るに耐えなかったらしい。
本人は、至って普通だったから余計なのだが……
「正解。手塚のはイカスミカレー」
TVでやっていたものだと説明を加える。
「俺のは…?」
周りの無残さに白でよかったお思いながら訊ねる海堂。
「海堂のは、クリームシチューにカレー味をつけたもの」
これもTVの受け売りと、種を明かす。
「いいデータが取れたよ」
8人の様子を見ながら、乾が満足そうに口を開く。
((((((((こんなもん、何に使うんだよ))))))))
ここにいた全員の叫びだった。
「そうだ、お詫びってほどのもんじゃないけど、デザートあるけど食べる?」
屍と化してるメンバーと、満足そうに座ってるメンバー全員に声をかける。
「デザート?」
「また、野菜汁アイスとかじゃないでしょうね?」
「それ、いいな」
「不二…」
「物によります」
「もう、激辛は遠慮しておくよ」
「そうだな、口直しにいいかもしれんな」
「俺、欲しいっす」
8者8様の意見を述べるレギュラーたち。
乾はいつもどおりの表情で
「フルーツパフェだけど」
あっさりと、一つを冷蔵庫から取り出して見せる。
「はい、手塚と海堂はいると」
もう一つ取り出して、手塚と海堂に渡す。
そこらの喫茶店やレストランに負けず豪華なパフェに一同、目を奪われる。
「乾、俺も」
「これは食います」
「野菜汁アイスでもよかったんだけど。僕も」
「不二…。乾、俺も貰えるかな…」
「頂きます」
「俺も貰ってもいいかい?」
「美味いな」
「美味いっすね」
パクパクと美味しそうに食べる手塚と海堂を見て、全員、それを欲しがる。
「はいはい…」
冷蔵庫から残りのパフェを取り出して、それを渡していく。
「「「「「「頂きます」」」」」」
受け取ったパフェを美味しそうに頬張る8人。
もう、既に先ほどの仕打ちは忘れているらしい。
これだから…
その様子を眺めながら、口の端を上げる。
こいつらで遊ぶの、止められないんだよな。
飴と鞭の使いわけさえ出来てれば、これほど楽しめる連中も珍しい。
まあ、不二にだけはする気はないが、何と言っても自分の命のほうが大事だ。
本来の目的を遂行できた上に、本来なら散々怒られたであろう状況すらも、パフェ一つでやり過ごした乾はいいデータが取れたと、それはもう楽しそうに笑っていた。
時折、彼はこうやってレギュラーメンバーで遊ぶことでストレスを発散しているらしかった。
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