1.おはようのキス
朝、先に起きるのはいつも君。
俺が起きた時には、既に隣のぬくもりは冷え切っている。
それが寂しいと言ってみれば、それならもう少し早く起きてくださいと起こられる始末。
「また、怒られるんだろうな…」
カーテンの向こうでは淡く光が差し込み始める。
時計は、もう少しでこの子の起きる時間を指す頃。
隣では、何も知らない恋人が気持ちよさそうに眠っている。
その寝顔を見つめ続けて、一体、何時間が経過したのか……
徹夜には慣れているので苦はないが、俺が徹夜することを毛嫌いする君が起きた後を考えたら、何とはなしに胃がシクシクしてるような気分になる。
「たまには逆の立場も味わってみたいんだよ」
いつも寝顔を見るのも、先におはようと言ってくるのも君のほう。
低血圧でよく寝ぼけている俺は、君の世話になりっぱなし。
たまには一番先に君におはようと言ってみたいと思っても、許して…くれないか…
ジリリリリリリリ……
「うぅ…ん…」
時計からけたたましい音が鳴る。
いつもこんな音がしてるのに、自分は起きないのかと、感心してみたり……
そんな自分とは反対に、素直に、音に反応して起きる君の手が時計を止める。
まだ、少し焦点があってなくて、そんな顔も可愛い。
けれど、もうあと……
「おはよう、薫」
「…はよう、ございます…先輩」
まだ、意識がはっきりしてないようだからと、朝の挨拶をして、軽く唇を触れ合わせる。
すぐに離せば、返ってくる挨拶と穏やかな微笑み。
けれど……
「………先輩?」
「はい…」
徐々に焦点のあってきた目は、大きく見開かれて俺を凝視してくる。
疑問符で呼ばれ、返事が弱々しくなってしまうのは、これから言われることを考えたら仕方ないよな。
「あんた……」
「……はい…」
「起きたんじゃなくて、寝てねぇんだな!!」
「…ごめんなさい…」
「とっとと寝ろー!!」
変なとこで勘のいい君は、あっさりと俺の徹夜を見抜いてしまう。
いつも以上に吊り上げられる眉も目も、君が怒ってる証拠なのはわかってても頬が緩んでしまうのは許して欲しい。
君が怒るのは、俺の体を心配してのことだから。
「二度とすんじゃねぇぞ」
「…はい」
やっぱり、怒られてしまったけど、寝起きの君が見れて満足なんだ。
|
|
2.おやすみのキス
視線が痛い…
背中にチクチク突き刺さる…
汗はダラダラ
後ろを振り向くのがこんなに怖いなんて知らなかった。
「……先輩」
「…………………………はい」
静かな声が背中にかかる。
声の主は、さっきまでは確かに俺のベッドに横になって夢の世界にいたはずなのだ。
なのに、ふと気づけば痛いくらいの視線が背中に突き刺さって、それが彼が起きたことを如実に語っていた。
「いつからですか?」
「…………………………寝てすぐから?」
怒鳴るんでなく、静かな問いかけが心臓に悪い。
静かに聞いてくるときは、本気で怒ってる時だ。
これはヤバい、色んな意味でヤバい。
途中で起きること事態、データー外だ。
「……もう夜中なんですけど、いつまで起きてるつもりですか?」
「…………………………もう、寝ます」
本音を言えば、まだ整理しきれてないデーターが沢山ある。
早く組み立ててしまいたいプログラムも…
でも、ここで寝ないと言ったり、わからないなんて言ったら、確実に帰られる。
別れられる。
彼と整理中のデーター秤にかけるまでもなく、彼に傾く。
データーそのものだと、悩むかもしれないけど……
いやいや、問題はそこじゃなくて、取り合えず、大人しくベッドに向かおう。
「お休み、薫」
「お休みなさい、先輩」
ベッドに入って横になるまで、彼の視線が自分から離れることはなかった。
横になって彼を抱きしめて、お休みと囁いて、ようやく彼から返事とともに唇が降りてきて、彼は俺の胸に擦りつくように眠った。
「参ったな…」
ホッとしたような表情と、おやすみのキス。
そんなことされては、また抜け出そうという気持ちすら消えてしまった。
「仕方ない、今日はこのまま寝るか」
君の体温とキスの余韻を感じながら、自分も眠りについた。
|
|
3.引き(抱き)寄せてキス
何でかさっきから見ているのは、あの人の背中。
あの人は、ずっと部長や副部長と一緒に話し合っている。
役職でもなれば、マネージャーでもないのに…
「何であの人なんだよ」
今はちゃんとレギュラーで、自分たちと同じように練習をしなければいけない立場なのに。
何倍も、人の何倍も努力を怠らないあの人だから、時間がいくらあっても足りない。
頼られると嫌と言えないから、ずっとコーチの役までこなして、自分の分まで練習メニューくんでくれて…
メニューも全部、一人で…
放っておけばどこまでも無理する人なのに…
「練習のが大事じゃねーか」
自分より他人を取ってしまう人だから
テニスが何よりも大好きな人だから
無茶を平気でしてしまう
何度も、何度も、彼に無理をしないで欲しいと頼んでも苦笑されるだけ。
「少しはこっち見ろよ」
どれだけ自分が心配しているのか
案じているのかを
あんたなら俺の顔を見ただけでわかるだろ?
「先輩」
「え?」
後ろから彼の服を引っ張って、振り向いた彼の唇にぶつけるように唇をくっつけた。
あ、呆けた顔…
すぐに離れて、至近距離で顔を見ると、呆けたまま固まっている人。
周りの部員たちも揃って凝固している。
…していないといえば、見た目だけは女並みに可愛い悪魔が二人。
楽しそうにそれぞれの相手へと向かっていくのが見えた。
「練習しましょ?」
「……はい」
どうせなら一人でするより、二人でしたい。
お互い無茶するのが得意のくせに、相手のこととなると口うるさく心配してしまうのだから。
お互いをお互いを見ていれば、心配させることもする必要もなくるはず。
|
|
4.振り向きざまにキス
振り向け
振り向け
振り向け…
「振り向けっつってんのに」
もうかれこれ2時間は背中だけを見てる
彼はさっきからずっとパソコンにかかりきりで、データーに夢中だ。
あのデーターでどれだけ自分が助けられたかはわかっている。
それでも、人がわざわざ遊びにきてるというのに、これはないだろう。
「先輩…」
もう何度目になるかわからない呼びかけをする。
集中しだすと周りの声も何も聞こえなくなる人だから、返事は少しもない。
それがいい加減、腹が立つ。
「おい」
おもむろに立ち上がり、この人の背後に立つ。
いつもなら人の気配にも敏感だから、すぐに気づくくせに…
今日に限っては気づく気配も…
「ごめん、もう少しだから」
「……!?」
いきなり振り向かれて、唇を塞がれた。
その後、困ったように眉根を寄せて謝ってこられては、すごすごと引き返すしかない。
でも、でもな…
「後、1時間たっても終わらなかったら、帰ってやる」
「全力で頑張らせて頂きます」
悔し紛れの一言に、背中越しでも返ってきた声に…
チクショー嬉しいかもしんねぇ
嬉しくて、笑いがこみ上げてくるのがとめられなかった。
|
|
5.隙をついてキス
物凄く、物凄く、痛いほどに視線を感じる。
誰の視線だとか、何処にいるとこは丸分かりなのだが、そちらを振り向く勇気も声をかける勇気も今の自分にはない。
正確には、声をかけたら終わりだろわかってしまった。
「今度は何を吹き込まれたんだ?」
一つ年下の溺愛すべき妹。
血のつながりがなくとも、猫可愛がりをしてきた妹は、時折、俺の友人の小悪魔どもに何か俺にとってはとてつもなくはた迷惑なことを教えられ、それを実行に移してくれる。
そういう時は、大抵、この妹は何も言わずに俺をジーッと見るのだ。
アクションを起こすきっかけを俺に作らせるためだ。
「それすら不二に教えられたものなのかな…?」
一度、聞いてみたい。
けど、返答が恐ろしくて…勿論、どっちに転んでもだ…聞くことが出来ない。
ジリジリと背中に突き刺す視線の強さと、忍び足で近づいてくる緊張感に負けそうになる自分を叱咤してみる。
「負けるな、俺。ここで振り向いたら、余計に疲れる」
妹の誤解を解くことと、彼女の我侭に振り回されないようにそえを退ける術。
そんなものがあるなら、今すぐにでも伝授して欲しいものだ。
「…お兄ちゃん」
クイっと妹に袖を引かれる。
勝った!!
と、つい気が緩んで、隙だらけで振り向いた瞬間。
「っつ!!」
目の前にあった妹の顔と、唇に触れた暖かい感触。
「…か、薫…?」
信じたくはない
信じたくはないが…
どう考えても、今のは妹にキスされたとしか思えない。
「な、何…」
「キス」
「いや、そうなんだけど、そうじゃなくて…」
妹のとっぴな行動に、俺の脳はショート寸前。
エラー音が鳴り響く脳を、何とか復旧させようと深呼吸をしてみた。
「また不二や菊丸に何か言われた?」
「お兄ちゃんの唇気持ちいいよって」
「あ、あいつら…」
まるでキスしたような台詞だって?
それは仕方ない。実際にキスしたことあるからだ。
俺は寝起きが悪くて、しかもキス魔らしい。
不二も菊丸も、友人連中は最低でも一回は俺のキスの洗礼を受けているらしいのだ。
らしいと言うのは、俺にその記憶がないからだ。
だからこそ、妹を寝てるときに傍に寄せないようにいつも頑張っている。
それにしても、あいつらいらんことを…
「薫、兄妹でキスはしないもんだよ」
「アメリカじゃ挨拶だって」
「それは頬とかであって、唇にはあんまりしないんだよ」
「……男同士でもしないよ?」
「そ、それはね…」
「菊丸先輩や不二先輩とはしてもよくて、私はダメなの?」
「いや、あの二人とするのも十分ダメなんだよ」
「じゃあ、どうして?」
「そ、それは…」
どう説明していいのか…
自分のこの癖を教えれば、余計に朝よってきそうだし…
「あれはね、事故だったんだ。二度としないんだよ」
「事故?」
「そう、事故。だからねしたくてしたわけでもないし、何度もしたりしてないんだよ」
上手く言えた!!
本当に俺はそう思ったわけで…
「そっか、事故なんだ」
「そう、事故なんだよ」
「わかったよお兄ちゃん」
あっさり引いた妹に疑問を思わずに見送ってしまった俺は、その後、果てしない後悔の海に飛び込むことになる。
「薫!!」
「事故だよ。事故」
事故と偽っては、隙をつかれキスされる俺に兄としての威厳はあるのだろうか?
|