時々天使は僕らに
悪戯をして教えるよ
誰かを愛するためには
もっと努力が必要
(Song By N.Makihara)
物への執着が極端に少なかったの。誰からもらったとか、そういったことにも興味がわかなかった。
だから、気付かなかったんだ。
そのことで君を傷付けていたことに。
「っざっけんな!」
夜、いつもの彼なら寝ているような時間。
罵声に近い叫び声とともに、勢いよく閉められたドア。
声の前に投げつけられた枕の羽根が、見つめるドアの前を舞う。
「かなり、怒ってるな」
呟いた独り言に、一人で落ち込む。
けど、落ち込んでいても仕方ないので、頭を振って、意識を切り替え、彼の行きそうな場所を考える。
「…あそこしかないよな」
思いつくのは、彼が練習に使う公園。
鍵だけ持って、急いで追いかける。
エレベーターは彼が乗っていったから一階で止まっている。
それが上がってくるのを待っているのももどかしくて、階段を駆け下りる。
本当はそのほうが時間かかってあの子を見失うことになるのは理解しているけど、その待ち時間さえ、今はもどかしかった。
エントランスを出て、道路を見れば、転々と転がる枕の羽。
それを追っていけば、やっぱり予測どおりの場所に辿り着いた。
公園の中に入り、その姿を探す。
彼は公園の奥のジャングルジムの一番上に座っていた。
手には俺の部屋から持ってきていた目覚まし時計。
それが、今回のケンカの原因。
物に対しても、人に対しても、執着するということがなかった俺は、それがどういういきさつで自分の部屋にあるかをすっかり失念していたのだ。
だから、買い換えて欲しいと懇願されても、使えるのにと断り続けた。
その結果が、コレ。
目の前の恋人は、赤の他人みたいな顔で、今晩はと笑ってお辞儀をしてみせる。
「ゴメン」
「何が?」
「覚えてなかったんだ」
「何を?」
「時計の出所」
「だろうな」
「薫?」
正直に話せば、頭上の恋人の口からは嘲笑が漏れる。
「アンタはそうやって、不必要なことは消し去っていくんだろ」
「…ああ」
「いつか、そうやって俺のことも忘れて行くんだろう?」
いや、もう半分くらい忘れてんじゃねぇの?
「そんなわけないだろ」
痛々しい瞳で、嘲るように口を開く薫に、俺は珍しく声を荒げる。
「嘘つくんじゃねぇよ」
「嘘じゃない」
「今のアンタは、キスだって、抱き締める時だって、挨拶みたいに、愛情を勘違いしてんじゃねぇよ」
言われて気付いた。
自分にとってそれが当たり前になって、愛される努力を、愛する努力を怠っていたことを。
「それで、いつか俺のことも忘れてくんだろう?」
「そんなことない」
君は特別なんだ。
初めて執着した存在。
「確かに今ままでは、自分にとってどうでもいいような存在でしかなかったけど、お前だけは違うんだ」
「じゃあ、どうして……。知ってるか?ココ最近、俺たち一緒に出かけたことなんてないって?テニス以外で逢ったって、するのはセックスばっかり。それだって、今のアンタは……」
感情が昂ぶりすぎて、言葉が出ないのか、薫はそのまま胸を詰まらせたように嗚咽を漏らす。
「俺はアンタが好きだから、一緒にいれたらそれだけでいい。だから、別にそれしかしなくたって、我慢できる。でもな、今のアンタは俺といても楽しそうじゃない。まるで一緒にいるのが義務だとかでもいいたげで、そんなんじゃ一緒にいる意味ねぇじゃん」
「薫、薫!」
溢れる涙を隠しもせずに、懸命に想いを伝える薫。
抱き締めることも出来ないほどの距離がもそかしくて、俺は力いっぱいに恋人の名前を呼ぶ。
「まぁ、アンタはまだ、俺を必要としてくれてんの?」
「当たり前だろ。俺はお前だけが必要なんだよ」
「じゃあ、コレいらねぇよな」
「いらない。そんなもんいらないから、降りてきてよ。お前をこの手で抱き締めたいよ」
叫ぶように君に気持ちを伝えたら、君は淡く微笑んで……
スローモーションのように上がる君の両手。
目覚まし時計は闇の中を飛んでいった。
それを君は微笑みながら見送って
綺麗な笑みを称えて、そこから飛び降りて、俺の胸の中に舞い降りた。
「ごめん」
「俺は嫌っすよ。いつか、あんたの中から、俺といた季節全て忘れ去られるのは」
「忘れないよ。それに、その前に、君を離したりはしないよ」
抱き締める腕の力を強めて、精一杯、気持ちを伝える。
「愛してる、初めてなんだ。何かに誰かに執着することも、誰かを愛しいと感じることも」
痛いくらいに伝えられた君の気持ち。
どれだけ俺を愛してくれているか、俺たちの未来を大切にしようとしているかを。
「もう間違えないから、戻ってきて欲しい」
離せない、離さない。
自分の中で愛情を間違っても、それだけは変わることのない真実。
「先輩の家…」
「何?」
「枕の羽とかでグチャグチャ」
「ん」
「掃除、全部一人でやってくれたら、帰る」
「…努力します」
「してください」
そう言って笑う君の額に唇を寄せる。
「時計…」
「ん」
「明日、買いにいきましょうね」
「そうだね、一緒に選んでくれる?」
「はい」
幸せそうに笑って走りだす君は、きっと……
「先輩、帰りますよ」
「ああ」
きっと
どうしようもない僕に
舞い降りてきた 天使
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