Regular Jersey



「くしゅん」

五月といえども、曇っていたりしたらかなり気温が低く感じられる。
昼は暑くて半袖でもよかったり、朝と夕は長袖じゃないとなどと、中々、服装に困る季節だ。
今日の天気は曇り、風も程よく流れているせいか、半袖でいるには肌寒い日だった。
とはいえ、部活中のテニス部などは動いているから半袖でも全然平気なのだろうが、それも二・三年によるもので、球拾いや素振りが主な練習の一年には少し寒いのだろう。
それでも普段から部活中は半袖であることが多い一年だから、結構平気だったりするようだが、丁度、風邪気味だった海堂には寒さが堪えるらしく、身を震わせて小さなくしゃみをした。

「海堂、風邪?」
「あ…っす」

小さなくしゃみだったから、周りには気付かれていないと思っていた海堂だったが、偶然にも横を通りかかった乾に聞かれていたらしく、心配そうに顔を覗きこまれる。

「風邪引いてるなら、休んでよかったんだよ?」
「大丈夫っす。そんなひどくないし」
「今、無理したら寝込むことになるんだぞ」
「無理してないっす」

一年の主な練習はランニングと素振り・球拾い。
ランニングは少しきついだろうけど、素振りと球拾いなら問題なく出来るだろう。
それに…

「見てるだけでも、勉強になるって…」
「俺が言ったね」
「っす」

球拾いに専念するのもいいけど、その傍らで上級生の練習を見るのも大事な練習だと。
それを海堂に教えたのは乾本人だった。

「熱は?」
「ないっす」
「確かに」

そっと海堂の額に自分の額を当てて、熱を測る乾。
突然、間近に近づいて乾に海堂はサッと頬を朱に染めて、俯く。

「取り合えず、いてもいいけど、今日は見学だけ。わかった?」
「はい」
「後、その格好じゃ寒いからこれ着てなさい」
「え?でも…」
「先輩命令、いいね」
「はい」

乾がおもむろに、自分が着ていたレギュラージャージを脱いで、海堂に着せる。
困惑した顔で、されるがままの海堂にキチンと着させて、上までファスナーをあげるそうすると、今はまだ小さい…現在の越前くらいしかない…海堂には既に長身の乾のジャージは大きすぎるから、短パンまでが隠れてしまう。

「うにゃ、にゃんかエロい格好にゃ」

通りかかった菊丸がそう表現しても、仕方ないことであろう。

「英二」
「かおちゃん、どうしたん?」
「風邪だってさ。寒そうだったから、着せたんだよ」
「何かさ、これじゃ乾のレギジャーしか着てないみたいにゃ」
「…エロい?」
「ああ、海堂、気にするな」
「はぁ」

イマイチ、自分の格好が傍から見ればどう見えるか気付いていない海堂。
キョトンと先輩レギュラー二人を見つめるが、適当にはぐらかされてしまう。

「少しは寒くなくなった?」
「っす。あったかいです」

さっきまで乾が着ていたジャージは、乾のぬくもりが残っていて、着た時点から暖かかった。
それに…

「先輩の匂いがする」
「ふにゃ!やってられにゃいにゃ」
「海堂…」
「え?あっ…!」

鼻孔を擽る乾の匂いに、海堂はそっと襟元に鼻を擦り付けて、嬉しそうに呟く。
その行動も言動も、全て無意識の行動だったらしく、当てられて真っ赤になりながら離れていった菊丸と、照れたような声を出す乾に、海堂も自分が声に出していたことに気付いて、真っ赤になって俯く。

「手塚ー、あっちでバカップルがイチャついてるにゃー、注意するにゃー」
「英二、あいつ…」
「あ、あの、俺…すみません」
「何で?嬉しいよ。それより、早く行こうか。手塚が英二の言葉を鵜呑みしかねない」
「はい」

お互い、恥ずかしそうに顔を背けて戸惑っていたのだが、聞こえてきた菊丸の暴言に、このままじゃ走らされると乾が海堂を連れて手塚の元に行く。

「手塚」
「乾か、今……、それはどうしたんだ?」
「海堂、中々、扇情的な格好だね」
「不二先輩…」
「それ、乾の?」
「っす」
「いいね、僕もタカさんのジャージ着ようかな?」
「その手があったにゃ!大石、ジャージ交換するにゃー」

二年レギュラーが集まっているなかへ、乾に連れてこられた海堂は不二に捕まる。
が、海堂のその姿を見て、自分もと思い立ったらしく、菊丸と二人して、お互いのダーリンの元へとジャージを奪いにいった。
哀れ、河村・大石。

「海堂さ、風邪引いてるみたいでさ。今日の部活は見学にしてやってくれ」
「それはいいが…」
「半袖・短パンで来てるからさ、余計に風邪引かすわけにもいかないだろ」
「それで、お前のジャージを着せてるんだな」
「そういうわけ」
「わかった、いいだろう」
「サンキュ」
「すみません」
「早く治すことだ」
「はい」

乾と手塚は、その一連を見届けてから(ゆっくりと話せる状態でもなさそうだったから)、海堂が乾のジャージを来てる原因を説明した。

「じゃあ、海堂。そこのベンチに座って大人しくしているんだよ」
「はい」

乾に諭されるように言われて、大人しくベンチに座った海堂。
乾はそんな海堂の頭を撫でてから、部活へと参加しにいった。


「何、やってんだよマムシ」

海堂のいるベンチはレギュラーたちが使うコートのまん前にある。
海堂はそこに座って、時折、そのベンチにやってくる二年レギュラーたちと話したりしながら、目の前の練習を真剣に見つめていた。
見るだけでも、いい勉強になるよ。
そう言った、乾の言葉を忠実に実行してるわけだ。
真剣に自分たちの練習を見ている海堂に、レギュラーたちも後輩にみっともないところは見せれないと張り切る。
レギュラーコートはいい緊張感と、和やかな雰囲気に包まれていたが、それを破る声が一つ。
海堂の天敵、桃城だった。

「ああ、マムシって言うなっつってんだろ」

海堂と桃城、二人の仲の悪さは部活のみならず、既に学校中の知るところである。
そんな二人が対峙しているもんだから、レギュラーコートは一気に騒然とし始めた。

「いい身分じゃねーか、何もせずに、レギュラーの練習が一番良く見える場所に座りこんでよ」
「てめぇに関係ねぇだろ」
「桃城、海堂は今日は見学なんだよ」
「これみよがしに、先輩のレギュラージャージ着やがって」
「お前に、とやかく言われる筋合いはねぇんだよ」
「海堂は風邪引いてるから、着せてるんだよ」

お互い相手には悪印象しかないせいか、最初から喧嘩腰で話をする。
止めようと、説明を懸命に大石がしているが、二人とも少しも聞こえてないらしく、段々と白熱していく言い合いに、徐々に体も臨戦態勢の構えを取る。

「マムシのくせに生意気なんだよ」
「てめぇ…」
「「やんのか、コラァ!」」

ガシッとお互いの胸倉を掴み、啖呵を切る。
周りにレギュラーが勢ぞろいしていることにも気付いていない。

「手塚、走らせるのは一時中止な」
「む」
「海堂は、一応病人だから」
「わかった」

手塚の眉間に皺が寄っているのをみて、そろそろ限界だと思った乾が手塚に声をかける。
乾の言葉に、手塚がいつもの台詞を潜めたのを見て、乾が桃城と海堂に近づく。

「二人ともストップ」

スッと二人の腕を掴んで、二人を離し流れるような動作で間に入る。

「桃、海堂は風邪気味なんだ。病人に練習をさせるわけにはいかないだろ」
「でも、来てるじゃないですか?」
「休むのは気が引けるし、見てるだけでも練習になるから、見学だけでもと思ってのことだ。殊勝な心がけだろ」
「……」
「それにだ、ジャージは俺が海堂にこれ以上、風邪を拗らせるわけにもいかないから、貸したんだ」

海堂を自分の背後に隠して、桃城に諭すように話しかける。

「桃が海堂と同じ状況だったら、同じことをしていたよ」
「はい」
「病人を無下にしない、わかったな」
「わかりました」
「じゃあ、桃は練習に戻りなさい」
「はい」
「それから、海堂も…」

桃城を練習に帰らせてから、乾は海堂に向き直る。

「一応、病人なんだから、喧嘩を買わない」
「はい……」
「海堂?おい!」

乾に言われ、仕方なさそうに海堂が頷く。
頷いた瞬間、海堂の頭がクラリと傾く。
そのまま、海堂の体は乾の胸の中へと倒れこんだ。

「海堂!」
「かおちゃん」
「大丈夫か?」

いきなり倒れた海堂に、驚いたレギュラー陣が集まってくる。

「今の喧嘩で熱があがったみたいだ」

倒れてきた海堂を支えた乾が、額に手をあてて熱を測る。

「保健室に寝かせてくるよ」

意識を失った海堂を起して、帰すよりも、部活が終るまで寝かせて、そのまま家に連れて帰ったほうがいいだろうと判断した乾が保健室へと連れて行く。

「乾、喧嘩をあんなにあっさりと止めれるなら、いつも傍観してないで止めてくれたらいいのに」

そんな乾を見送りながら、胃を押さえての大石の呟きに、その場にいたものたちは(一部を除く)同情を禁じえなかったという。


部活終了後
海堂を背負って、海堂の家まで行った乾。

「まあ、ごめんなさいね。ご迷惑をおかけして」
「いえ。寝ていたので、服は着替えさせていないんですが」
「いいのよ、そんなの」
「あの、部屋まで連れていきましょうか?」
「迷惑じゃない?」
「大丈夫ですよ」
「それじゃお願いしてもいいかしら?今日はパパもまだ帰ってなくて」
「はい」

初めての海堂の家で、見事に母親の信頼を勝ちえていた。
そして…

「薫、服着替えるわよ」

パジャマに着替えさせようとする母親の手を、イヤイヤするように首を振って、ギュウっと乾のジャージを掴んで離さない海堂。

「薫、それは乾さんのなんだから、返さないといけないのよ」
「や」

熱で意識がはっきりしてないのだろう、フルフルと首を振って布団から起き上がらずに、乾のジャージを死守していた。

「ジャージは今度でいいので、寝かせてあげてください」
「ごめんなさいね。今度、洗って返すわね」
「そんな、お構いなく」

結局、海堂は乾のレギュラージャージを着たまま、眠りにつき、乾はとんでもなく可愛いものが見れたと、こっそりと携帯で取った海堂のその姿を眺めながら帰途についた。

「な、何で…?」

次の日には、朝起きた海堂が、乾のレギュラージャージを着たまま寝ていた自分に、慌てふためいていた。

Fin