愛のカタマリ



思い切り抱きしめられると 心
あなたでよかったと歌うの
クリスマスなんていらないくらい
日々が愛のカタマリ
最後の人に出逢えたよ
(Kinki kids「愛のカタマリ」)


学校からの帰り道
ふいに鼻孔を擽る匂いに足を止める。
キョロキョロと周りを見回すけれども、目的の人はいなくて……

「あれか…」

代わりに、あの人愛用の煙草を吸いながら歩く人がいた。
ったく、吸いすぎなんだよ。
煙草の匂いが体に染み付いてる彼の人を思い出す。
煙草なんて、百害あって一利なしっていうし、体の為にもならないから嫌いなのに…
もう、あの人の匂いって認識してしまうくらい、自分の中に浸透してしまって、

「……」

思い出したぬくもりに、包まれてる匂いに、体中の体温が逆流してくるかのように上昇してしまい

「クソッ…」

離れなくなった匂いに、苛立ちを隠さずに吐き捨てると、家とは違う方向に走っていく。


マンションのエントランス、慣れた仕草で暗証番号を押していく自分に、不意に恐怖を覚える。
いつかくる、失う日を思って……
大きくなっていく想いとともに、喪失の不安も膨らんで
いつか、このマンションの暗証番号を忘れて生きる自分がくるのだろうかと思う。
けれども、
どんなに考えても、忘れる自分など存在しなくて…
ここに来ることがなくなっても、忘れることなんか出来ずにいる自分だけが、存在する。
そんな不安を消し去るかのように、あいたドアを潜り抜け、エレベーターの最上階のボタンを押す。
軽い浮遊感の後、動き出したエレベーターが早く最上階に着くのを祈るような気持ちで待つ。
頭の中は不安だらけで、早くあの人に逢いたくて……
開いたエレベーターから走って飛び出す。
あの人の家の前、チャイムに指が当たる直前

「海堂…」

目の前のドアが開いて、焦がれていた人が自分を呼ぶ。

「先輩…」

彼を視界に入れた瞬間、飛びつくように抱きついた。

「どうかした?」

乾先輩は、俺を危なげなく抱きとめ、優しく背中を撫でてくれる。

「逢いたくて…」

逢いたくて、逢いたくて…

「俺も、逢いたかったよ」

強くしがみつく俺に苦笑しながらも、この人は俺の欲しい言葉をくれる。

「とりあえず、中に入ろ」

優しく、彼の手が自分を引き離そうとするのに、俺は嫌々と首を横に振って、より強く彼にしがみつく。
まだ、離れたくない
まだ、不安は消えなくて
こうしてる今でも、厭きられてないだろうかと不安になって……
だからもう少し、このままでいさせて下さい。

「仕方ないなぁ」

しがみつく俺の頭上で困ったような先輩の声が聞こえた後、俺の体は宙に浮いた。

「こんなとこじゃ、これ以上、イチャイチャできないだろ」

折角、こんなに甘えてくれてんのに
って、耳元で声がするのに驚いて顔を上げたら、俺は先輩に抱き上げられていた。
そのまま先輩の部屋に連れていかれ、ベッドに座った先輩の上に横抱きに座らされる。

「これならいいでしょ」

そう囁かれて、抱きしめられると、心が跳ねる。
帰り道に出逢った匂いと、同じ匂い。
あぁ、またこの人は煙草を吸って…
あきれたように溜息を吐く俺に、彼が目ざとく気づく。

「何?」
「煙草…」

俺が呟いて、彼の眼鏡を取ると、まずったって顔して俺を見ていた。

「匂い、染み付いてんだよ…」

吸いすぎだと、言外に込めて言ってみると、困ったような表情を見せる。

「そんなに吸ってないよ」
「俺、嫌い…」
「うん」
「体に、悪いっすよ…」
「うん、ごめん」

ぽつぽつと呟いていく俺に、先輩は子供が悪戯を見つかった時のような顔で、謝ってくる。

「止めるきないくせに…」
「ごめん」
「知らねぇ」
「これでも、ほんとに減らしてるんだって」

不貞腐れるようにそっぽを向いた俺に、乾先輩が一生懸命に弁解してくる。
そんな、いつもと違う、子供っぽい姿が可愛くて

「本当っすね?」

つい、許してしまう。

「本当。だから、機嫌直してくれよ」

俺の機嫌を取るように、頬に唇が降りてきた。
それを受け止めてから、彼の胸に顔を埋める。

「今日は、何か不安定だね。お前…」

先輩の胸に顔を埋めて、体中で彼の匂いをぬくもりを感じていると、優しく俺の髪を梳きながら先輩が口を開く。
それには答えずに、ギュッと彼にしがみつく。
それだけで、この人には何かわかってしまったのか、乾先輩が抱きしめ返してくれる。

「薫…」
「はい?」
「泊まってく?」
「…はい」

何でこうも、この人にはわかってしまうんだろう。
一番、欲しいときに欲しい言葉をくれる。
誰よりも、自分を理解してくれている。

「…好きです」

誰よりも、自分を愛してくれる人…

「ぎゅうってして…欲しい…」
「いいよ」

顔を上げて、彼の目を見てねだってみると、クスリと微笑って彼は、ぎゅうって抱きしめてくれる。

「俺のこと、好きですか?」
「好きだよ」
「じゃあ…」

先輩の腰にまわしていた手を首に回し、言葉の代わりにスッと目を閉じる。

「愛してるよ」

唇が触れる直前、囁かれた言葉に涙が一筋頬を伝う。
互いの想いを分かち合うように、何度も角度を変えて口付ける。
差し込まれた舌に、自分のほうから絡めていって、頬が上気するのに気づいたけど、そんなこともお構いなしに、この行為に没頭する。

「ふぅっ…ん…んうっ…ぅ…」

苦しくて生理的な涙が出てきたけど、それでも、今はまだ止めたくない。
一頻り、戯れあって、息が上がってきた頃、ようやく唇が離される。
お互いの間を伝う、銀の糸が妙に生々しくて、上気した頬が朱に染まる。
それに気づいたらしい乾先輩が、自分の唇を拭ったあとで、俺の唇を拭う。
唇をなぞる指に、体が戦慄く。

「そんな顔するな」

先輩が指を強く唇に押し付けながら囁く。

「続きしたくなるだろ」

耳元にきた唇から紡ぎだされた言葉に、体温が上昇する。
少し掠れた低音に、あの行為を思い出して……
駆け巡る熱に、体が侵される。

「先輩…」

震える体は、もう自分の言うことなど聞かずに暴走を始める。
熱を持った体を投げ出すように、彼に渡す。

「…して…」

情欲に潤んでいるだろう瞳に口付けられて、するりと行為を促す言葉が流れ出た。

「今日は、やけに甘えてくるね」

シーツの海へと投げ出される合間に、そう囁かれて

「…ダメ…ですか…」

彼の体重を体で感じながら、問えば

「いや、全然OK」

と、口吻の合間に囁かれた。

Fin