Calling



クラブの休憩中、菊丸先輩にひっぱられて、何故だか不二先輩と越前の四人で話すハメになったとき、

「海堂」

微かにだけど、けれど確実に自分を呼ぶ、乾先輩の声が聞こえた。
それは、本当に聞こえるか聞こえないかギリギリのというよりは、多分、自分以外の人には絶対に聞こえてない声で、その証拠に、すぐ横にいた他の三人には声としての認識がとれたかぐらいの音みたいで、不思議そうに顔をあげていた。

「乾先輩」

三人の姿を横目に見ながら、俺は自分を見つめてるであろう人のもとに駆け寄っていった。
その時、

「嘘っ、あの距離で聞こえるか」

信じられないと言った風な菊丸先輩の声が耳に入った。


聞こえる。
どんなに離れていようとも、あの人が自分を呼ぶ声なら、絶対に聞こえる。
乾先輩が、俺を呼ぶ声なら……


「海堂…」

俺が先輩に近づいていくと、いつもは表情のない顔が、少しだけ驚いているようだった。
俺は、その表情にハァとひとつ息をついた。
自分で呼んどいて驚くか、普通?
そりゃ確かに聞こえないような距離だけど……
聞こえないだろうと思いながら、呼ぶなよな。
俺には、聞こえるんだからさ。
あんたの声なら絶対に。

「聞こえた?」

俺が先輩の前まで行くと、少し戸惑ったような声で先輩が話す。

「当たり前でしょ」
「そう?」
「そうっす」

それに俺は、至極当然と言ったような顔で答える。

「でも、不二たちは聞こえてなかったみたいだけど」

と、乾先輩は不二先輩たちのほうを見ながら問いかけてくる。
その言葉に対して、俺はまたひとつ息をついた。
当たり前だ。
あの人たちに聞こえるわけがないだろ。
これは、俺だけの特権なんだから。
その感情をそのまま声にして、

「当たり前でしょ」

もう一度、さっきと同じように言ってみる。
いい加減わかれよ。
それだけ、あんたが特別なんだって。
ちょっとだけ、イラッとした気分で考えていると、

「当たり前なんだ?」

と、面白そうに先輩が言った。
なんだ、わかってんじゃん。
まあ、この先輩に限ってわかってないわけないか。
先輩の言葉に、イラッとした気分は消えて、その代わりに、

「先輩は違うんですか?」

悪戯を思いついたような気分になって、意趣返しに切り返してみる。
そしたら、先輩は一瞬、キョトンとしたような顔になって、そのあと、いつもの喰えない笑みを浮かべて、

「言うようになったね、海堂も」

って、言うから

「あんたに感化されたんだろ」

と、切り返してやった。
そしたら、この人、思いっきり噴出して笑うから、俺は、ムッとしたような表情を作って、スタスタと先輩をおいて、木陰へと移動した。
この意味、わかれよ。
ちらっと横目で先輩を見ると、何とか笑いを収めて近づいてくる。

「先輩」
「聞こえるよ」

目の前にやってきた先輩は、俺の耳元に唇を近づけ、そう囁いた。

「どんなに遠くにいたって、お前の声ならわかるよ」
「当たり前です」

俺の腰に腕をまわして、抱きしめてくる先輩に体を預けながら呟く。

「当たり前かぁ」

俺の言葉に、先輩はやっぱり面白そうに声をだす。

「何で、当たり前なわけ?」

俺の頬に手を添えて、人の顔を上向かせて、唇が触れそうな距離で、問いかけてくる。
こういうとき、ほんとこの人って意地が悪いと思う。
こんな至近距離で、俺の好きなその声で囁かれたら、その瞳で見つめられたら、反抗することなんかできないのわかっててやってるんだからさ。
俺はもう、素直になるしかないだろう。

「だって先輩、俺のこと好きでしょ」
「好きだよ」

俺の言葉に、当たり前のように答えて、触れるだけのキスをする。

「だから、当たり前なんです」

それに応える様に、俺も軽くキスを返した。

「なるほど」

俺の言葉に納得したように頷いて、また顔を近づけてきたから、今度はさっきよりも深く唇を重ね合わせた。


当たり前なんだ。
俺があの人の声を、どれだけ離れていたところでも聞くことができるのも、あの人が俺の声を聞けるのも。
距離なんか関係ないくらい、心はすぐ傍にあるから。
物理的距離じゃなくて、精神的距離が近い俺たちにだけは、聞こえる声。
それが、心が繋がっているっていう、証拠だろ。


だからさ、

「俺と、あいつらを一緒にするなっての」

Fin