乾と不二とポストペット



それはいつもと同じ、日常だった。
放課後、部活の為にクラブハウスで着替えてた部長以外のレギュラーたち。
ふと思い出したように不二が、乾に声をかける。

「乾、僕さパソコン買ったんだけどさ〜、僕と一緒にポスペしない?」
「はぁ?」

唐突な不二の言葉に、乾は珍しくも素っ頓狂な声を上げた。

「ポスペって、あのポストペットのことだよな?」
「何言ってんの、乾。それ以外の何があるって言うのさ?」

思わず確認した乾に、不二は何、馬鹿なこと言ってんのとでも言いたげな声を出すが、そこにいた不二以外のメンバーが乾の肩を持った。
ただし、全員心のなかでだけだが。

「いや、他にはないと思うけどな……」

珍しく、動揺しているらしい乾が、語尾を濁らせる。

「それを、どうして俺がお前としなきゃならん。それに第一、そんなもん持ってないぞ」

一度、言葉を切った後、何とか乾は、動揺を押し込めて言い切る。

「それなら大丈夫、僕も持ってないから」

そんな乾の言葉に、不二はきっぱりと言い切る。

(なっ…、何が大丈夫なんだ…)

そんな不二の言葉に、乾以下、その場にいた連中が心の中で訴える。あくまで心の中で。

「ポスペのソフトってさ、2枚組なんだよね」

まわりの様子などお構いなしに、不二は話を続ける。

「だからさ、僕と乾で一枚ずつ」

ネッと、上目遣いで乾を見上げる不二に、何も知らない人物だったら、一発で陥落したのだろうが、ここはテニス部で今、それをされてる乾は不二とは長い付き合いである。
その微笑が、悪魔の笑み以外の何物にも見えなかったことであろう。

「何故、俺なんだ?そういうのは、俺より菊丸のほうがいいんじゃないか?」
「英二は無理だよ。パソコン持ってないもの。うちの部で、パソコン持ってるのって乾だけだじゃない」

それだけの理由で、俺はこんな目にあってるのか……
不二のあっさりした理由に、乾はパソコンを持ってたことを心底、後悔していた。

「普通のメールじゃだめなのか?」

乾とてインターネットはしてるから、他のメールソフトは持っている。一般的に使用される、outlookなどなら。
別に不二と、メールをやりとりするのが嫌なわけでもない。
ただ、ポストペットっていうのが腑に落ちないのだ。
乾からしてみれば、あれは女、子供の使うものという気持ちがある。
それを、自分が、それも同じ男と二人でかってやりとりするというのがどうもひっかかっている。

「そんなの面白くないじゃないか」

そんな乾の気持ちなどお構いなしに、不二は乾の言葉を一蹴する。
その言葉に、乾はガクッと項垂れる。

「ほら、これ見てみなよ。可愛いからさ」

そう言って、不二は乾に一冊の本を見せる。

「何、何〜?」

それまでは、他のレギュラー達と同じように、遠巻きに事の成り行きを眺めていた菊丸が、その本に興味を示し、不二と乾の間に入ってくる。

「うわっ、何これ、可愛いにゃ〜」

本に描かれている、ポスペのキャラクターを見た菊丸が、可愛い、可愛いと騒ぎ始める。

「ねっ、ねっ、英二も可愛いと思うでしょ」
「うん。これだったら俺も欲し〜」
「なら、お前が不二の相手してやれ」

菊丸の言葉に乾は、自分の逃げ道を確保しようと話を振るが、

「無理だよ〜、俺、パソコン持ってないし、あんな高いの買うことも、買ってもらうことも出来ないにゃ〜」

と、言われてしまい、それ以上、言うことが出来なかった。

「乾も、気に入ると思うんだけどな〜」

まだ、ちゃんと本を見ていない乾に、本を手渡す。
渡された乾は、仕方なさそうに、読み始める。

「どう?」

真面目に本に目を通す乾に、不二は絶対的な自信を持って聞き返す。

「……だな」
「えっ?」

不二の言葉に対し、小さく聞き取れない声で返事をしたらしい乾に不二が聞き返す。

「やっぱり、ウサギだな」

さっきまでの嫌そうな雰囲気はどこにいったのやら、乾の返事はどう考えても、賛同の言葉であった。

(一体、あの本には何が描かれているんだろう?)

突然、180°意見を変えた乾に、遠巻きに眺めていたレギュラー達は、かなりあの本が気になってしまった。

「でしょうvv乾ならきっとそう言うと思ってたんだvv」

乾の言葉に不二は、やったと語尾にハートマークを飛ばして話す。

「そうだにゃ〜、乾ならウサギ選ぶよね〜」

一緒に本を見ていた菊丸も、乾の言葉に同意する。

「僕は、猫もあるかと思ってたけどね〜」
「そうだな〜、猫もありだけど、やっぱりウサギのほうがあってるだろう」
「そうそう、特にこの、寂しがり屋で甘えたな所なんかね〜」
「もう、そっくりだな」

三人でクスクス笑いながら、海堂のほうを盗み見しながら、異常な盛り上がりを見せている。

「もしかして……」

さっきから、ウサギの話をしながら自分のほうをチラチラと見る三人に、海堂はゆっくりと近づく。

「で、やっぱり名前は〜」
「「「薫で決まりでしょ」」」
「っ……やっぱり……」

菊丸言葉に、三人が声を揃えて出した名前に、海堂はその場に立ち止まり、がっくりとうな垂れる。

「おっ、海堂。どうした?そんなとこでうな垂れて」
「具合でも悪いの?」
「あんた達の思考に、あきれ返ってるだけです」

心配そうに寄ってくる三人に、溜息を吐いて言う海堂に、他のメンバーは「可哀そうに」と、心の中で手を合わせた。
この後、自分たちもこの会話に巻き込まれることも知らずに。

「海堂も見てみなよ、可愛いから」

海堂の様子にお構いなしの不二は、海堂も無理やり引きずり込む。

「海堂なら、やっぱこれっしょ」

自分の手に無理やり渡された本に、何となく目を向けた海堂に、菊丸が中のポスペを一つ指差す。

「…ひみつメカ…」

名前からして、横の人物を連想させるそれをじっと見つめる。

「菊丸……」

菊丸の考えてることがわかる乾が、低い声で菊丸を威嚇するが、菊丸にとってはそれも慣れてるので、ぜんぜん、気にした様子はなかった。

「どう、海堂もやってみない?」
「……でも、俺、パソコン持ってないから……」

じっと、本を見つめながら、残念そうに言う海堂。

(海堂…、お前もか……)

それに、他のメンバーが心の中で突っ込みを入れる。
と、同時に、あの海堂まで興味を持ったそれに、俄然、興味がわいてきた面々は、恐る恐る、四人の輪の中に近づく。

「俺さ、XP搭載のPC欲しいからさ、そろそろ、買い替えする予定だから、替えたら、今使ってるのでよければやるぞ?」

かなり心惹かれたらしく、じっとそれを見続けた海堂に、俺もつくづく甘いなと思いながらも話を持ちかける乾。

「……いいんすか?」
「あぁ、捨てようとしたら金がかかるしな。貰ってくれたほうがうちとしては助かる」

乾の言葉に、じっと乾を見ながら考え込んでた海堂だったが、かなりこれに心惹かれたらしく、コクンと小さく頷いた。

「あ〜、いいな薫ちゃん。乾〜、俺も欲しい」
「一台しかない」

菊丸の言葉に、乾はきっぱりと言い切る。
それに、菊丸は

「大石〜、乾がいじめる〜」

と、大石に元に走りよっていく。
それに、大石は仕方がないなぁと、やってきた菊丸を宥めにかかる。

「そんなに、面白いんすか、ソレ?」

それぞれの行動に興味を惹かれた桃城が声をかけてくる。

「うん、性格とかがさ〜、うちのレギュラー陣に合うんだよね」

それに、不二が返事を返す。

「例えば、今のひみつメカなんて、名前からいっても乾にピッタリだし、ウサギの寂しがりやなとこなんか海堂ぴったりでしょ」

海堂の手にあった本を、桃城に手渡しながら説明する。

「猫なんか、英二にピッタリだしね」
「へぇ〜」

不二の説明を聞きながら、桃城と越前が本を見る。

「桃先輩なら、さしずめ犬ってとこっすね」
「そっか〜?」

越前の言葉に、桃城が犬の性格を見る。

「この笑わせるとこに生きがいを感じてるのとこなんか」

越前のあんまりの言葉に、ガクッとこけそうになる桃城。
他のメンバーはその言葉に、笑いを殺している。
若干、大声で笑っているものと、クスクスと笑ってるものがいるが。

「確かに、桃にピッタリだにゃ〜」
「英二先輩まで〜」
「そうだね〜。桃が犬で、さしずめ越前はペンギンってとこかな?」
「あ〜、ダメ〜」

不二の言葉に、菊丸が不二に抱きつきながら反対する。

「ダメって?どうかしたの英二?」

背中から抱きついてくる菊丸に、不二が訊ねる。

「だって〜、ペンギンは俺が大石ってつけようと思ってたんだもん」
「お前、ペンギンの見た目で判断するなよ……」

菊丸の言葉に、乾が呆れ返った声を出す。

「それはちょっと可哀そ過ぎるよ英二」

不二も同情めいた声で大石を見ながら話す。

「う〜、でも、でも、この頭んとこなんか、そっくりじゃん」

なぁと、桃城から本をひったくって大石に見せる菊丸。
見せられた大石はというと、

「英二〜」

可哀そうに、それ以上の言葉も出ずにがっくり頭を垂れてしまう。

「大石、どったの?大丈夫?」

そんな様子に菊丸は、心配そうに声をかける。

(お前のせいだろ、お前の…)

それに突っ込みを入れてしまう、メンバー。
もう、この心の中での突っ込みは、青学レギュラーの日常になっていた。

「不二は何にするつもり?」

後ろで黙って見てた河村が不二に訊ねる。

「僕はね〜、やっぱり……」

不二が答えかけたところで、部室のドアが開く。

(ヤバッ!!)

そこから入ってきた青学テニス部部長の姿に、全員が冷や汗を垂らしながら、凍りつく。

「ん?お前たち、まだコートに行ってなかったのか…」

部屋に入った手塚は、部室にレギュラーが勢ぞろいしているのを見て、眉間を寄せる。
そして、一つ息をつく。

(来る…)

その手塚の様子に、そこにいた全員が覚悟を決めて、次の言葉を待った。

「全員、校庭50周!!」
(やっぱり…)

手塚に気づかれないように、溜息を吐いてレギュラー陣は部室を後に、渋々と校庭を走り始めた。


この世、全て事もなし……

Fin