歓迎会



「……」
「海堂?」

部活も終わった後の部室。
現在、この部屋にいるのは乾と海堂の二人だけ。
二人とも、既に着替え終えてベンチに腰掛けていて、それぞれデータノートに何事か書き込んでいたり、雑誌を読んでいたりと適当に時間を持て余している。
乾の横で、乾の肩に背中を凭れかけさせる形で座っている海堂が、徐々に剣呑な空気を流し始めているのに気づいた乾は、これは相当に怒ってるなと思いながら、海堂に声をかける。

「……」

が、海堂は横目でチラッと乾を一瞥しただけで返事をしようとしなかった。

「あいつら、俺たちが待ってるの知らないんだから、仕方ないって」

先ほどから、部室のドアを睨みつけている海堂に苦笑しながら、乾がなだめる。

「…先輩、甘やかしすぎ」

乾の言葉にムッとした様子で、海堂が口を開く。

「絶対にあいつら、片付けほってしゃっべてんすよ」
「まあ、片付けの合間のおしゃべりぐらい許してやれよ」

肩にもたれた頭を落とさないように気をつけながら腕を動かして、海堂の腰に腕を回す。

「やっぱ、甘やかしすぎ」

ポンと乾の肩に頭を置いて、乾の顔を睨みつける。

「お前に対してほどじゃないと思うけど?」

フッと海堂の様子に笑みを漏らして、海堂の額に唇を寄せる。

「そうじゃなかったら、殴る」

額へのキスを抗いもせずに受けとめながら、物騒な台詞を口にする。

「確かに、ちょっと遅いかな?」

海堂の髪を優しく梳きながら、時計の指す時間を確かめる。

「…見てきましょうか?」

乾から離れてドアに向かおうとしていた所を、乾に止められる。

「いやいいよ。もう、来たみたいだし」

乾の言葉に、海堂が意識を外に向けると確かに、聞き覚えのある一年の声が徐々に近づいてくるのが聞こえた。

「遅いよ、お前ら」

ざわざわと騒がしく話しながら入ってきた、堀尾・カチロー・カツオの三人とすぐ後ろにいた越前に、乾が軽く注意を促す。

「乾先輩!!」

もう誰もいないと思ってただけに四人の驚きは大きかったが、自分たちのすぐ前で睨みつけてくる海堂に、越前以外の三人は怯えたように固まってしまう。

「何、やってるんですか?」

ただ一人、物怖じせずに自分のロッカーへと戻り、着替え始めた越前だけは至って平然としている。

「お前らを待ってたんだよ」
「俺たちをですか?」

乾の言葉に、固まってた三人が正気に戻り、問い返す。

「そう、歓迎会するから」
「歓迎会?」
「うん。だから、早く着替えな。待ってるから」

言いたいことは言ったとばかりに、乾はノートへと視線を戻す。
海堂も、何か聞きたそうにしながらも着替え始めた後輩たちを見て、乾の横に腰をおろした。


「歓迎会って何のことっすか?」

部室を出て、六人でテクテクと歩いていると、思い出したように越前が問う。

「ん、うちね、部員が多いからね、二回にわけて歓迎会するんだよ。今日は、その一回目…」

青学テニス部の歓迎会は二種類ある。
まずは四日間にわけて行われる、レギュラー陣と一年の歓迎会。
これは、レギュラー八人が二人一組なって、それぞれ担当する曜日の片付け当番の一年生を連れて食事するというもの。
人数の多い青学テニス部では、レギュラー陣は一年にとっては雲の上のような存在に思われがちなために、あまり近づいてこない一年と親睦を深めるために始めたことであった。
そして、もう一つが、その週の土曜の部活後に行われる、テニス部員全員での歓迎会。
毎年、部の誰かの家を借りて、ドンチャン騒ぎをするのである。
そして、今年もその歓迎会の週になり、それぞれが一年を連れて食事にいっていた。
今日は四日目、最終日である。担当は乾と海堂。
片付けの一年がこの四人だったわけである。

「…まあ、本当なら俺じゃなくて越前がいるはずなんだけど、越前も一年だからね。開く側にするわけにもいかないんで、代わりに俺がいるわけ」

わかったと聞くと、四人とも嬉しそうに頷く。

「じゃあ、先輩たちの奢りっすか?」

肝心の事だといいたげに越前が聞いてくるのに、海堂は呆れたように溜息をつき、乾は面白そうに笑いながら、

「歓迎会だからね」

と、肯定の返事を返した。


「…よく、食うね」

あの後、どこに行きたいかと言う乾の言葉に、延々と自己主張を始めた四人だったが、あまりにも意見があわなかったために、結局、乾の提案によってファミレスに行った六人だった。
大量の料理が並べられたテーブルに、凄い勢いで食べていく一年たちに、乾が苦笑を漏らす。

「ふぁって、せんふぁいがすきなふぁけ、たのんでいいって…」
「わかったから、食いながら話すな」
「だからって、遠慮なさすぎなんだよ」

乾の横で、黙々と目の前の食事に手をつけていた海堂が、不意に声を漏らす。
それも、物凄く不機嫌そうな声で。

「「「すんません」」」

思わず、向かいに座っている越前以外の一年の三人は、海堂に向かって謝ってしまう。

「海堂…」
「スンマセン」

窘めるように乾が海堂を呼ぶと、ボソッと海堂が呟く。
それに乾は何も言わずに、海堂の頭をポンポンと二度ほど叩く。

「「「っ…」」」

その瞬間、海堂はほんのりと頬を染めて、はにかむように笑った。
それを偶然にも目撃してしまった三人は声にならない悲鳴を上げて、凍りついてしまった。

「やっぱ、先輩たちって出来てんの?」

その様子を、隣から眺めていた越前が乾に問う。

「気になる?」

その問いに、含み笑いをしながら乾が問い返す。

「別に・・・」

それに、越前はそっけない答えを返すと、

「じゃあ、秘密」

ニヤッと嫌な笑いを浮かべて、乾が答えた。
越前はチェッと舌打ちをして、また食事へと戻った。
その二人の会話を凍りつきながらも聞いていた三人は、その内容に呆然としてしまっていた。

(出来てるって…、誰と誰が…?)

恐る恐る乾と海堂の様子を見やりながら、怖くて声に出せない疑問を心の中で呟く。

「越前の食べてるとこ見てると、去年の桃を思いだすなぁ」

そんな三人の心情など全く気にせずに、乾が呟く。

「去年すか?」

越前が不思議そうに問うのに、乾が答える。

「そう、去年の歓迎会でな、俺と手塚が組んでて、その時連れてったのが、海堂と桃でね…」
「二人で片付けしたんですか?」

正気に戻ったカチローが疑問を口にする。
現在、後片付けは4・5人の当番である。
それが去年の歓迎会では、一年が二人だけだというのが不思議だったらしい。

「あぁ、その日はね…」

乾が去年のことを思い出したのだろう、面白そうに話し出す。
海堂はそれに、眉間にしわを寄せて黙っている。

「本当は、他の子らと片付けだったんだけど、今と変わらず、喧嘩を始めちゃってね〜」

要するに、喧嘩の罰として二人だけで後片付けをすることになったというのだ。
それを聞いた越前はプッと噴出し、他三人は、目の前でその一人が睨んでいるので、笑うにも笑えずに曖昧に頷くだけだった。

「でさ、仕方ないから、本来の当番だった子達は、三年の先輩が連れてってくれてさ、俺と手塚で、こいつら連れてったんだよ」
「へぇ…」

興味を示したらしい越前が、続きを促してくる。

「そしたらさ、桃は凄い勢いで大量に食べながら話しまくるだろ。その横の海堂は、今みたいに黙々と食べ続けるんだよ」
「……」
「桃の奴、食ってる時でも平気で話し出すから、どんどんと手塚の眉間に皺が寄ってきてさ、大変だったんだよ」
「へっ、へぇ〜」
「あれ、あそこにいたのが俺でなくて、大石だったら、間違いなく神経性胃炎になってだろうな」

前の桃城の世話をしながら、横の手塚の機嫌を取り、斜め前の海堂に適当に話かけるなんて芸当は、間違いなく乾にしか出来ないだろうと、聞いていた全員が思ったのは言うまでもない。

「そういや、今年は部長と桃…」

ふと、思い出したように呟かれた海堂の言葉に、一年たちがすばやく反応する。

「部長と桃先輩なんですか?」
「そうなんだよ。あいつらは昨日の担当だったからさ」

ククッと面白そうに笑いながら乾が言う。
どうやら、昨日の歓迎会のことを知ってるらしい。

「そういえば桃先輩、朝から走ってましたね」
「部長命令だからね」

思い出したような越前の言葉に、乾が答える。

((((桃先輩…))))

わざわざ乾に何があったのかを聞かなくても、去年の様子と今日の様子から、昨日、何があったのか簡単に予測できてしまう面々であった。

((((よかった、昨日でなくて…))))

その場にいた同級生に同情をしながらも、そう思わずにはいられない四人だった。


なんだかんだとありながらも、無事、歓迎会も終わり、乾と海堂は後輩たちと別れ、二人で帰途へとついてる途中、

「先輩、今年はどこの家なんすか?」

不意に海堂が口を開く。

「あぁ、俺ん家」
「そっすか…」

乾の答えに、それだけ言って、海堂は黙り込む。

「泊まってくんだろ」

横目でそれを見ながら、乾が確認の意味で問いかける。

「…ッス」

ポツッと肯定の返事を返して、乾の袖を掴む。

「海堂?」

立ち止まりながら、不思議そうに海堂を眺める乾。

「…全員、追い出してくださいよ」

言いにくそうに、ボソボソと話す海堂。
その内容を聞き取って、乾は眼鏡の奥の目を細める。
自分以外は誰も泊めないでという、遠まわしなお願いに、乾は可愛いなぁと思いながら海堂を見つめる。

「OK、まかしとけ」

海堂の頭をクシャリと撫ぜて、歩き出す。

「夜は、二人でイチャつこうな」

横に並んでついてくる海堂に耳元で囁いて、チュッと頬にキスを落とす。
海堂は真っ赤な顔を隠すように俯きながらも、コクンと頷くのだけは忘れなかった。


皆でワイワイと騒ぐのも悪いことではないけども、折角の休みは、やっぱり二人きりで……

Fin