Cooking Battle



まだ、越前がアメリカにいる頃、現在の3年レギュラーが2年で、2年レギュラーがまだ、1年だった頃。
ある曜日の4時間目、当時も今と同じで隣のクラスの為、体育の時間だけは一緒に授業をうけなければならなかった海堂と桃城が、その体育の時間だったときの事だった。
4時間目の体育など、拷問以外の何物でもないと信じて疑ってなかった桃城は、空かした腹を持て余しながら、テクテクと教室への遠い道のりを歩いていた。

「…ん?…」

突如、大きくなる腹と、鼻腔を擽る匂いに、桃城は歩みを止める。

「すっげぇ、いい匂い」

この匂いは、カレーじゃねぇか。
ふらふらとその匂いに誘われるまま、桃城は進行方向を変えてしまった。

「海堂」

匂いにつられるままにやってきた、ある教室の窓の近くでは、海堂がうろついていた。
桃城の声に反応した海堂は、キッと桃城を睨みつける。

「お前も、これにつられてきたくちかぁ?」

顔を合わせれば、喧嘩ばかりしている二人は、既に臨戦状態に入っている。

「てめぇには、関係ないだろう」

桃城を睨みながらも、チラチラと窓の向こうを気にする海堂。
それを見た桃城も、窓の向こうが気になるらしく、一緒になって窓の向こうへと意識を持っていく。

「ふえ〜、美味そう…」

窓の向こうにある、たくさんのカレーに桃城の意識は持って行かれ、臨戦状態はあっさりと消えてしまう。
その横で、海堂も何かを探してるかのように、キョロキョロと窓の向こうを見ている。

「俺もカレー喰いてぇ〜!!」
「じゃあ、喰うか?」

桃城の叫びが届いたらしく、ガラッと窓が開かれ、そこからこの二人がよく知る、同じ部の先輩が顔を覗かせる。

「乾先輩」

乾が窓から顔を覗かせると、海堂が嬉しそうに乾の名前を呼ぶ。
どうやら海堂の目的はカレーというよりも、この一年上の先輩のほうだったらしい。

「珍しいな、二人揃って」
「偶然っすよ、俺が来た時には、こいついましたもん」
「先輩がいるの見えたから…」

桃城の言葉に弁解するように、ボソボソとしゃべる海堂。

「なら、声かけろよ」

窓から手を伸ばして、海堂の頭を2・3度ポンポンと叩く。

「…邪魔しちゃ悪いし…」

俯いて殊勝な台詞を口にする海堂に、乾はクシャリと海堂の髪をかき混ぜる。

「悪かったな、気づいてやれなくて」
「そんな…」

どことなくいい雰囲気になってきた、二人。
『グゥ〜』
それを邪魔するかのように、桃城の腹が盛大な音をたてる。

「クッ、ククッ…」

その音に、海堂と乾は一瞬唖然とした後、二人揃って笑い出す。

「笑わないでくださいよ。海堂まで、笑ってんじゃねぇよ」

流石に恥ずかしかったのか、真っ赤になりながら桃城が叫ぶ。

「悪い。腹へってたんだなぁ〜」
「こいつ、匂いにつられてきたんすよ」

笑いを噛み殺しながら、乾が謝罪すると、海堂が追い討ちをかける。

「うっせいんだよ。仕方ねぇだろ、腹減ってんだから」

徐々に、臨戦態勢へと入りそうな二人に乾がスットプをかける。

「はいはい、落ち着けって。食べたいんだろ?」
「本当にいいんすか?」
「あぁ、余ってる分でよければな」
「よっしゃー」

乾の言葉に、握りこぶしを作った後、桃城が走っていこうとするのを、乾がとめる。

「どこ行くんだ、桃?」
「どこって、ドアに?」
「こっから入ればいいだろ?」
「でも、ここ結構高いっすよ?」

いくら家庭科室が1階とはいえ、それなりに高さのある窓は、そこから出ることは出来ても入ることは難しい。

「流石の俺でも、そっからは入れませんよ」

桃城の言葉に、いつもは反論する海堂も今回ばかりは賛同する。
が、乾は不思議そうな顔で

「そうか?」

と言って、真下にいた海堂の脇に手を差し入れると、そのままヒョイと海堂を担ぎ上げ、部屋にいれてしまう。

「入れただろ?」

唖然と見ていた桃城と、凍りついたまま動かない海堂に、なっと笑いかける。

「お〜流石、乾。力持ちだな〜」
「今度は、私もしてね〜」

その様子を眺めていた、クラスメイト達が後ろから面白そうに声をかけてくる。
それに乾は、軽く手をあげて応えていく。

((嘘だろ、どんな腕力してんだ…))

その様子を、呆然と眺めながら一年二人は心の中で呆れたような呟きを漏らす。

「で、桃はどうするんだ?」

思い出したように乾が、窓の外の桃城に問う。

「あっ、じゃあ、お願いします」

半ば呆然としたまま、乾に向かって手を伸ばすと、手馴れた様子で抱き上げて、部屋に入れる。

「よそってきてやるから、座ってろよ」

空いてる席を指されて、大人しくそこに二人で座ってると、皿を二つ持った乾がやってくる。

「「すいません」」

それぞれ、乾の手から皿を貰って、軽く頭をさげる。
考えてみれば、一年の自分たちが座って、二年の乾によそってきてもらうことなど、失礼にあたることに気づいた二人はどことなく、ばつが悪そうに皿に盛られたカレーを眺めている。

「ほら、冷めないうちに喰えよ」

自分の分を持ってきて、二人の向かいに腰をおろした乾が、全く手をつけていないことに気づいて声をかける。

「「はい」」

その声に触発されたように、海堂と桃城がそれぞれ口をつけていく。
一口、口をつけた途端、

「「美味ぇ……」」

感嘆したような声が、二人から漏れた。

「そう?サンキュ」

その二人の姿に、乾が嬉しそうに笑ったような気が二人はしたが、眼鏡に阻まれてはっきりとはわからなかった。

「美味しいでしょう?それね、ほとんど乾君が一人で作ったのよ」

ガツガツと欠食児童のように食べる一年二人に、乾のクラスの女子が声をかけてくる。

「えっ、そうなんすか?」
「そうなの、乾君てね、すっごい料理上手なのよ〜」
「嘘?」
「ほんとよ、乾君と調理実習が同じ班だと、すっごいお得なの」

ネ〜と、数人の女子が賛同するのを見て、桃城と海堂が乾を見る。

「先輩って、凄いっすね」
「そっか?」

桃城の言葉に、海堂がコクコクと頷く。

「勉強できるし、テニスも上手いし、その上、料理も上手なんて」
「そうか、有難う」

目の前の後輩たちの目が、尊敬してます光線をだしてるのに、苦笑しながら乾が応える。

「乾…」

女性徒たちが離れていって、三人で話していると乾に声をかける人物があらわれた。

「「手塚先輩」」

あらわれた、手塚に桃城・海堂の二人に緊張が走る。

「弁当、持ってきてくれたんだ、サンキュ」
「俺の分のカレーがないんだが…」

手塚に手にある、自分の弁当に手を伸ばした乾に、手塚が声をかける。

「えっ…、お前の分、別にしてなかったか?」

どうやら、この二人、現在は同じクラスで、調理実習では同じ班だったらしい。
昼休みに入ったので、手塚が乾の分と自分の弁当を取りに教室に戻っていた所だったらしい。
乾が自分たちの班の所のテーブルを見ると、同じ班の男子生徒の一人が、手を頭上に上げて合わせていた。
どうやら、彼がよそうさいに、手塚がいないことに気づかずに、手塚の分をよけるのを忘れていたみたいだ。

「忘れられてたみたいだな…」

乾の視線に気づいた手塚が、チラッとそちらを見たことで、その事実に気づいて呟く。

「そうみたいだな。どうしよっか、残ってた分は…」

そう言って、乾はチラリと後輩たちの皿を見る。

「「…」」

背中に冷や汗をダラダラと流しながら後輩二人も、乾と同じように自分たちの皿を見る。

((よりにもよって、手塚先輩の分を食ったのか…))

桃城と海堂が泣きそうな顔になりつつあるのに気づいた乾が、ふっと顔をあげ、手塚を見る。

「悪いんだけどさ、俺の残りで我慢してくんない?」

まだ、半分以上は残ってる自分の皿を指して、片手を顔の前に持って言って、乾が言う。

「お前の弁当も、半分つくなら」

乾の前に弁当を二つ置いて、乾の隣に腰掛ける。

「それで、構わないよ」

目の前の弁当をあけて、手塚と自分の間に置く。

「相変わらず、美味いな…」

乾から貰ったカレーに手をつける。

「そう、サンキュー。でも、早く食べたほうがいいんじゃない?」

時計を見ながら乾が呟く。

「そうだな」

それに、手塚も廊下のほうを見つめながら返す。

「「……?」」

不思議そうな顔で見つめてくる二人に声をかけようと乾がした所で、凄い足音が廊下の向こうから響いてきた。

「「来た」」

その音に、乾と手塚があきれ返ったように呟く。
不思議そうに桃城と海堂が、ドアのほうを見ると、ガラッと大きな音がして開いたところから、二人のよくしる人物が勢いよく入ってきた。

「乾〜、俺もカレー」
「「菊丸先輩…」」

半分、意味不明な言葉を放ちながら、走ってくる菊丸に、不思議そうにそれを見つめるのは、一年二人。
そんなことに気づきもせずに、菊丸は乾に抱きついてくる。

「乾、おれも〜」
「僕の分もあるかな?」
「「不二……」」

菊丸の後ろから、ひょいと顔を覗かすのは、不二。

「お前ら、クラスが違うだろ」

呆れたように乾が言うと、

「クラスが一緒だからって、手塚ばっかいい思いしてずるいにゃ〜」

手塚が食べてるカレーをじっと見つめながら菊丸が文句を言う。

「それに、今日は他にもお客さんがいるみたいだしね」

不二がチラッと桃城と海堂の皿を見る。
その視線に、二人は同時にスプーンを皿に落とす。

「桃、薫ちゃん、俺にも一口〜」

乾に抱きついたまま、二人のほうへ身を乗り出す菊丸を、乾が止める。

「後輩にたかるな」
「じゃ、手塚からならいいの?」

テーブルに乗ろうとする菊丸を止める横で、不二が手塚へと歩み寄る。

「そういう問題じゃないだろう」

不二の言葉に呆れながらも、手塚の事は、手塚が自分で何とかするだろうとほっておく。

「いい加減、降りろ」

張り付いてる菊丸をひっぺがすと、うにゃ〜と情けない顔で菊丸が乾を見る。

「う〜、俺だって乾の料理食べたいにゃ〜」

む〜と口をへの字に曲げてにゃ〜と叫ぶ菊丸に、乾は溜息を吐く。

「わかった。カレーはもうないから、俺の弁当の半分でいいならやる」
「それでもいい」
「ただし、不二とわけて食えよ」

菊丸の後ろで、手塚と睨みあってる不二の分も考慮に入れて渡す。

「わかった、不二食べよ〜」
「そうだね」

結局、だだを捏ねる菊丸に、乾は諦めたように自分が食べる分を菊丸と不二に差し出す。

(今日は昼飯抜きか…)

自分の周りで、自分の作った物を食べている面々を見ながら、溜息を吐く乾。

「あの、俺…教室に、弁当置いてますから、食べて下さい」

乾の分がないことに気づいた海堂が、ぱっと立ち上がり、パタパタと駆けていく。

「優しいな、海堂は…」

その優しさに、癒されたように乾は微かに笑った。

「これ…」

全速力で走ってきたらしい海堂が、息を切らして戻ってきた。

「さんきゅ、海堂」

差し出された海堂の弁当を貰いながら、乾は礼を言う。

「いえ、こちらこそ。カレーもらったし」
「今度、お礼代わりに、飯作ってやるよ」

恐縮そうに項垂れる海堂の頭を撫でながら、乾がそう言うと、それまで一生懸命食べてた他のメンバーが顔を上げる。

「なら、俺のもやる」
「俺も」
「僕のもあげるよ、乾」
「……」
「お前ら…」

口々に言ってくるメンバーに心底呆れたように、乾はまた、本日何度目かもわからない溜息を吐く。


その日から、現在に至るまで、青学レギュラー陣の熾烈な乾手料理争奪戦は続いている。
それは、彼らが3年・2年となった今も、変わらずに進行形で続いていることだった。
いずれ、乾の料理の腕を知った越前も参戦するのは、今はまだ知らない未来の話……

Fin