想いを込めて
紅葉を空へ放って下さい
そうしたら、紅葉があなたを
運命の人の下へ導いてくれるから
Last year
くだらない遊びだと思った。
「乾もやろう?」
乾 貞治、中学2年の秋
帰り道の公園に散る紅葉を見て、この遊びを言い出したのは不二。
のったのが菊丸。
そして、巻き込まれるように、連れていかれたのが乾と手塚だった。
「頼むにゃ、紅葉。俺を大石の元に導いてくれにゃ」
「お願いだから、タカさんのところに行ってね」
両手一杯に紅葉を抱え、想いを伝える二人を、乾は冷めた気持ちで見つめていた。
そんな非現実的なことがあるわけないと…
「乾もやろう?」
そんな時だった。
見透かすように、誘ってきたのは不二。
「それいいにゃ」
やっぱり、菊丸は面白がってのってきた。
「やるだけ無駄だよ」
ふぅと溜息をついて、苦笑混じりに答える乾。
「俺は、運命なんて信じてないから」
感情の篭らない声は、ある意味、感情の篭った声以上に、威力を持つ。
乾の言葉に、二人は不快そうに眉を寄せた。
「やってみないとわからにゃいな!」
断固抗議する菊丸に、笑顔のまま無言の圧力を掛けてくる不二。
「わかったよ」
溜息混じりに呟いて、紅葉を一枚拾って指先で弄ぶ乾。
「それじゃ足りなくない」
「いいよ、1枚で」
「なんで?」
「無数の葉に想いを込めて飛ばすのは、想いを分散させてるみたいだろ。それを飛ばなかった理由にされたくないからね」
「乾って、現実主義のくせに、ロマンティックだよね」
「キザ」
「何だよそれ」
二人の物言いに苦笑して、乾は目を伏せる。
右手に持つ紅葉に想いを込める。
「この風のない夜空に…」
右手をスッと伸ばす。
「お前が翔けていくなら、俺は運命を信じるよ」
指先から流れる動作で離れる紅葉。
「……」
「おおっ!」
「へぇっ」
「……っ!」
彼らの目の前でふわりふわりと空を舞う紅葉。
「飛んだ」
「追いかけないの?」
「…い…いや…」
戸惑うような声の乾。
空を舞う紅葉を凝視して、動こうとはしない。
「おや?」
「アレ?」
「ほう…」
四人の視線の先には、公園の入り口。
誰も入ってこなかったそこに、誰かが入ってきた。
途端、ヒラヒラと舞う、紅葉。
「あっ」
落ちた紅葉は、その人物の手のひらに。
「あれが乾の運命の人?」
「ここからだと、よく見えないや」
明かりの都合で、不二たちのほうからは姿が見えない。
だが、相手のほうからは見えてるらしく、相手が軽く頭をさげる。
「知り合い、みたいだな」
会釈をしたと判断できた手塚が、呟く。
「………海堂?」
少しずつ近づく影。
段々と浮かんできたシルエットで、相手が自分たちと同じ服を着てる少年だと判別できるまで近づいた。
それでもまだ、顔の判別は難しい距離。
それにも関わらず、乾は特定の人物の名前を口にした。
「……ちっす」
相手が乾の目の前について、立ち止まる。
少年は彼らと同じ部の後輩、海堂 薫だった。
手には一枚の紅葉を持って、乾を見つめる。
「コレ、落ちてきたっす」
スッと乾の目前に紅葉を差し出す。
「え…と…」
「それは海堂君が持ってていいんだよ」
言いよどむ乾に変わって、不二が答える。
「いえ、これは乾先輩に返します」
「海堂?」
「俺は、別の持ってますんで」
「別…の?」
海堂の言葉に、呆然と聞き返す乾。
少し痛んだ胸は気付かなかったことにした。
「っす。1年前に返してもらったの持ってるんで」
1年前…
海堂の言葉に、乾の記憶がフラッシュバックを起す。
去年の秋
部活の帰り道
曲がった角で、飛び込んできた少年
舞い落ちてきた紅葉
「あれ…、海堂だったのか…?」
「ウス」
乾の言葉に、素直に頷く海堂。
状況がわからずに黙って見守る三人。
乾は、何か考え始めている。
「だから、コレは先輩に返しますんで」
じゃあと言って、軽く会釈をして帰ろうとする海堂。
「ちょっと待って」
慌てて乾が追いかけてくる。
「何スか?」
「いいの?」
「何が?」
「…その、コレ…」
「返します」
「そうじゃなくて…、その…コレの意味知ってるよね」
「っす」
「いいの?俺で…っていうか、こんなんで…」
「俺は、先輩が好きなんで、構わないっすけど?」
「そ…そう。有難う」
「いえ、じゃあ」
話は終わったと、出口に向う海堂。
また、乾は慌てて捕まえる。
「まだ、何かありますか?」
「うん」
「何ですか?」
「俺…」
「は?」
「返事…」
「…いいっす」
「え?」
「そんなん、突然運命だからって、男と付き合えって言われたって嫌でっすよね?」
「うん」
「だから、いいっすよ」
「でも…」
尚も、何か言い募ろうとする乾。
海堂は一回、溜息を吐いて、乾を真っ直ぐに見つめる。
「もし、これが本当に運命なら…」
「なら?」
「今、ここでどうにかしなくても、いつか絶対にそうなるから、今はいいっす」
乾から視線を逸らすことなく言い切って、海堂は今度こそ公園を出ていった。
「いつか絶対にそうなるか…」
海堂の言葉を反芻して、乾が薄らと笑みを零す。
「そうだな。運命に身を任せてみるのもいいかもしれないな」
まだ、自分の心は宙に浮かんでいる。
運命を信じるかどうかは、自分の心が決まってからでいい。
そう決心した、中2の秋
決意の先には、二人で進む道が待っていた
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