決戦!?一本勝負



街にチョコレートの匂いが広がり、そこら中のお菓子売り場でチョコレートに群がる女性が急増する頃、それはバレンタインが近づいてきたという証拠で、世の男性陣からすれば、この時期にチョコが売られてるところに行くなど、正気の沙汰ではなかった。
そう、それはこの青春学園男子テニス部在籍の海堂 薫にしても同じだった。
女のような名前であろうが、彼は少年であり、本来ならばチョコを貰う立場にいる。
その彼が何故か、デパートのお菓子売り場を遠くから見つめてるかというと…

「薫からのチョコなら、どんなに甘くても食べるけど」

ある日、テレビでしていたバレンタイン特集を偶然見ていた乾が何気なく零した一言のためだった。
食べられないわけではないが、甘いのが苦手なほうな乾が自分があげるのなら食べると言ってくれたことが、海堂には物凄く愛されてると思えるようなことで、そんな彼のために恥ずかしいのを我慢してでも、彼の好みにあうさほど甘くないチョコを購入しようと考え、こうしてデパートのお菓子売り場にいるわけだが……
はっきりいって

「怖ぇ〜」

少し離れたとこにある総合案内の近くから呟く。
目の前でそれぞれ、目的のものを買おうと店に群がる女性に海堂は圧倒されていた。
これでは、恥ずかしいという思いよりも、この中に入っていく恐怖のほうが勝ってしまう。
彼女たちの気合のこもった執念に、海堂は怯えてしまい、結局チョコを買うことは出来なかった。

「どうすっか…」

ポテポテと家路へと向かう中で、海堂は悩む。
母に頼んで買ってきて貰うという手もないことはないけど、流石に乾との関係を暴露する気はないし、大体、あの人に頼んだらどんなものを買ってくるかわかったもんじゃない。
だからと言って、あの中に入り込む勇気はない。
俺だってまだ死にたくないって……
先ほどまで見ていた光景に、真剣にそう思ってしまう海堂だった。
それでも、あの人にチョコをあげたいと思う気持ちはなくなったりはしなくて…
自分が買ったチョコを子供のように喜んで食べてくれる姿が見たくて、自分がどうしようもないバカだという実感はあるけど、もうそんなことどうでもいいくらいあの人が好きだから。
少しでもあの人の口にあう、出来うる限りいいチョコをあげたい。

「ただいま」

結局、答えは出ないまま家につく。
玄関をあけて中に入ると、弟の葉末がいた。

「お帰りなさい」

部屋に戻る途中だった葉末が兄の帰宅に気づいて声をかける。

「お兄さんも食べます?」

葉末が手に持っている箱の中から、ポッキーを一本取り出す。

「…それだ」

自分の分のポッキーを口にくわえ、兄に渡す分を右手に持って海堂に向かって差し出してる弟の前で、葉末の持つポッキーを指して叫ぶ。

「お兄さん?」

滅多に見ない兄の姿に葉末が驚いて、口にくわえていたポッキーを床に落としてしまう。

「どうしたの?あら、葉末。ダメよ落としたら」
「あっ、ゴメンナサイ」

海堂の声に何事かと出てきた穂摘が、床に落ちたポッキーに気づいて困ったような顔をする。
そして、母の声にそれに気づいた葉末が咄嗟に謝る中、

「出かけてくる」

帰ってきたばかりに海堂がまた家を出る。

「どうかしたんでしょうか?」
「さあ?」

思わず見送ってしまった母と弟が不思議そうに顔を見合わせた。


決戦当日
やはりどこか騒がしい中で、海堂も気合が入る。
思わず、テニスをしてるわけでもないのにバンダナをまいてしまいそうになるほどの気合の入りようだった。
彼もこの青学テニス部のレギュラーで、やはり普段は常に周りを睨んでいるような状態であっても、それなりに人気がある。
まあ、ただでさえレギュラーという肩書きは、それだけでも絶大な効果を発揮してくれるのだが。
そういうわけだから、海堂自身も勿論チョコは貰うわけで…とは言っても、気合が入ってるのでいつも以上に睨んでいる状態であるから、直接手渡しできる女生徒はいなかったが、知らない間に鞄や机には入っていた。
だが、今の海堂にはそんなことはどうでもいいことらしく、一つも目に入ってないようであった。
そして、本番の放課後。
HRが終わると同時にダッシュで昇降口まで階段を駆け下りる。
何があっても乾より先についている必要があるためだった。
一階に下りて、昇降口につく。
ドキドキと早鐘をうつ心臓を落ち着かせるように一度、大きく深呼吸をする。
鞄からつい先日買ってきたポッキーの箱をあけ、中の袋から一本だけ取り出す。

「漢らしく、ポッキー1本で勝負!」

真っ赤になって、震える手でポッキーをしっかりと握り締めて、言葉とともに気合を入れる。
まだ誰もいない中、じっと彼の靴箱からは隠れるように彼が来るのを待ち焦がれる。
ドクドクドクドク…
凄い勢いで鳴る心臓に体から緊張のあまり、冷や汗が滲む。
一体、どれほどの時間がたったのかもかもわからない海堂の耳に、ガヤガヤと下校する学生たちの声が聞こえ始める。
その声にかき消されるほど小さな足音を海堂の耳がキャッチする。
来た!!
音だけで判別出来るほど馴染んだ人のいつものツンツンとした髪が目に入る。
隠れた場所からひっそりと乾の様子を伺うと、疲れた顔で両手一杯のチョコの山。
靴箱についた乾が、何とか両手で持っていたチョコを片手で持つ。
左手に落ちないように無理やりチョコを置いて、右手で自分の靴箱を開ける。

「…!!」

途端、ダーッと落ちてきた数々のチョコ。
どうすんだ、こんなに…
冷や汗ダラダラで疲れきった乾の脳裏に浮かぶのはそんな言葉。
俺、甘いの苦手だし、持って帰るのも面倒だしな…
これでも、直接持ってきた分は「やきもち妬きの恋人がいるから」と断ってきたんだが……
うんざりした様子で、乾は落ちて山と化したチョコを見つめる。
とりあえずと靴を履き替え、このまま置いておいても公衆の迷惑になるので何とか両手に抱える。
抱えきれない程の量を無理やり持って歩き出すと、

「乾先輩!!」

靴箱の影から現れた少年に呼び止められる。

「海堂…?」

名前を呼んで、乾の目の前に立ちふさがった海堂は、ポッキーを乾の眼前に差し出し、睨みつける。
本人からしてみれば、睨みつけてるのではなく、食べてくれるか気になって様子を窺っているだけなのだが、なにぶん、緊張も頂点に達した海堂は知らないうちに睨みつけていた。
そして、乾のほうはというと、一瞬凍りついたようだったが、すぐに立ち直って、物凄い速さで頭脳をフル回転させる。

「…いただきます」

出されたポッキーがバレンタインのチョコだと気づいた乾が、海堂の手にあるまま、それを口にする。
ま、両手が塞がってるんだから仕方がないのだろうけど、この男ならきっと塞がってなくてもそうしたであろう。

「有難う」

バレンタインのチョコってことだよね?
そう問うと、ブンブンと海堂が首を縦にふる。

「オイオイ、そんなに振ったら目回るって」

緊張のあまり言葉が出ないせいか、一生懸命に行動で伝えようとする海堂に、乾が苦笑する。

「まさか、貰えるとは思ってなかったから嬉しいよ」
「あんたが、欲しいみたいなこと言うから」
あんなに怖い思いもしたんだからな…
「覚えててくれたんだ、嬉しいな」

あんな何気ない一言を気にしてくれていた海堂が可愛くて仕方ないといような言い方だ。

「俺、用意してないんだよ…。ごめんな」

困ったように言う乾に、海堂が紙袋を差し出す。

「?」
「ソレ、これにつめたらどうっすか?」

チラリと目線で乾の手の中のチョコを指す。
自分のことには鈍い乾のことだから、きっとそんなに貰うこともないとか思って、袋なんか用意してないんだろうと思って用意してきた海堂。

「サンキュ」

しっかり者の奥さんでラッキーとか思いながら、乾は紙袋の中にチョコを放り込む。
そして、その紙袋を海堂から受け取ろうとすると…

「ダメです」

きっぱりと断られ、紙袋を遠ざけられる。

「先輩からのチョコの代わりに貰いますんで」
「へ?」

はっきりと言い切る海堂に、乾が間抜けな問い返しをする。

「どうせ、食べないんでしょう?」

そう言われても、何でこんなもんが欲しがるのかわからない乾は答えにつまる。

「…嫌なんです」

先輩が、知らない誰かから貰ったチョコを食べるのは。
食べなくても、持ってるだけでも…
ボソボソと小さな声で、理由を説明する。

「わかった、じゃあそれは海堂にあげるから、好きにしていいよ」

持っていたって食べるわけでもないが、それで海堂が満足するならと、了解する。

「じゃあ、帰るか」
「はい」

苦笑いを浮かべたまま帰ろうかと提案する乾に、海堂が嬉しそうに頷く。
二人は仲良く、乾の家へと向かった。
……そこの二人、部活は?
との、ツッコミはいれないように。


乾の家についた二人。
慣れた感じで乾の部屋のベッドの上、既に定位置になったソコに座る海堂。
ゴソゴソと乾が貰ったチョコ(今は自分のだが)をあけ、メッセージカードや手紙を取り出す。

「これは、返します」

全てのチョコを確認して、添えられていたカードと手紙を隣の乾に渡す。

「いいの?」

それを受け取りながら、乾が海堂の顔を覗き込む。
本当は嫌だけど……
これを書いた、彼女たちの気持ちも痛いほどわかるから。
彼を好きだっていう気持ちはきっと一緒。
ただ、自分は…自分だけは彼の特別でいれたから……

「いいんです」

彼女たちは、もう一人の俺。
存在していたかもしれない、彼に愛されていない自分のよう。
だから、自分の我侭でそこまで彼女たちの気持ちを踏みにじるマネは出来なかった。
ごめんね、狭量な俺で……

「そう言えばさ、さっきのポッキーなんだけどさ」

段々と辛そうな表情になる海堂を気遣って、乾が話題を変えるように話を振る。

「残りはあるの?」
「ここに」

何だか企んでいそうな表情に、どうしようかと思いながら鞄からポッキーを取り出す。

「これも、貰ってもいいよね?」
「…いいっすけど」

何する気だろう?
いい加減、乾の性格を把握し始めた海堂は、ただ乾が食べるためだけにそれを望んだのではないと気づいていた。

「海堂、アーン」

ポッキーを一本取り出し、海堂の口の前に持っていく。
思わず言葉につられて口を開いたら、ポッキーを差し込まれた。

「では、頂きますか」

ポッキーをくわえたままの海堂の前で、両手を合わせて合掌して、迷うことなく、海堂のくわえてるポッキーをくわえてないほうの端から食べ始めた。

「海堂も、食べていかないと」

ボケッと近づいてくる乾を見ていたら、一度、口を離した乾に言われる。
これって、王様ゲームに出てくるやつか…?
王様ゲームで行われるポッキーの両端を二人でくわえて、食べていくゲームをしようと言われてることに気づき、海堂の頬に朱が走る。
それでも、言われるままに海堂の口にくわえてる分から食べ始める。
二人で両端から食べていって、徐々に二人の距離が近づく。
あと一口分の距離をあけて、二人の動きが止まる。
海堂がチラっと乾を見る。
そこには面白そうに笑う乾がいて、クスリと笑われた後、唇を押し当てられた。

「んんっ…」

一口分のポッキーと一緒に乾の舌が入り込む。
二人の舌の間で、チョコが溶け始め、乾の巧みな舌の動きがポッキーを粉々にしてしまう。
甘いチョコの味が口の中を充満するまで、口吻は行われた。

「…ザラザラする」

キスの後、上目遣いで睨みながら、100%ジュースを飲む海堂。

「確かに…」

乾も苦笑しながら、口に残るザラザラ感を消そうとコーヒーを飲む。

「もう、ポッキー食った後に、キスしねぇ」

よっぽどその感触が気持ち悪かったのか、海堂が悪態をつく。

「…今は?したくない?」

ポッキー食べた後だけど?
意地悪そうな笑みを浮かべて、耳元で囁く乾を海堂は睨みつける。

「わかってるくせに」

ほんと、最悪。

「何が?」

ムッとした様子の海堂を気にすることなく、飄々と言ってのける乾。

「まじ、ムカツク…」

でも、好き…なんだよな。
諦めたように溜息を吐く。
おもむろに乾の首の後ろに手を伸ばして引き寄せる。

「さっき、ジュース飲んだから、もう食った後じゃねぇんだよ」

唇が触れる寸前、そう囁いた。

「…まいったな」

そう来るか…
海堂の言葉に破顔して、

「今日は完全に俺の負けだよ」

そう宣言して、待ちわびてる海堂に勝利の祝いのキスを贈った。


そのものの値段や質などの価値よりも、こもってる気持ち。
他のチョコに比べれば、俺のは全然見劣りするけど
絶対に、あんたらのチョコよりもこの一本のポッキーのほうが彼への想いはつまってる。
だから、悪いんだけど、あんたらのチョコはあの人には渡さない!!
文句があるなら、かかってこい!!

Fin