乾先輩の視力は格段に悪い
色々と開発され、かなりの視力の悪さでもビン底眼鏡にならないようにと、薄いレンズも開発されたというのに、それを使ってもレンズが分厚くなってしまう位だ。
で、結果があの黒ブチ眼鏡。
「縁なしとか、細いフレームだとレンズを支えれなくてさ」
苦笑混じりに説明してくれたのは、あの逆光眼鏡が何とかならないかと思って聞いた時だった。
「テニスをするなら、視力は完璧に矯正しなきゃいけないからさ」
テニスをしてなかったら、別に少しくらい度の緩いものでも問題なかったらしい。
「コンタクトにしないんですか?」
「コンタクトは合わないんだ」
それに試合中に痛くなったら大変だから。
やっぱり苦笑を漏らしながら説明してくれる先輩に、俺はそうですかとしか返せなかった。
「でも、どうしたの海堂?」
いきなりこんなこと聞いてきてと、後には続くのだろう質問を投げかけられる。
確かに唐突に思いついた質問だったけど、別に深い理由があったわけじゃない。
ただ…
「勿体ないなって思って…」
先輩の素顔はかなり美形だった。
その素顔を知っているの人は少ない。
勿論、プールの授業や合宿などで眼鏡を外すこともあるわけだから、知ってる人は知ってるけど、それでも見た人は少ないし、圧倒的に女子よりも同級生の男子が見てるわけだから、中途半端に噂だけが存在している。
まあ、そんなことはどうでもいいことだけど。
俺は先輩の素顔がかなり好きだった。
優しい彩を称えた瞳で見られると、凄いドキドキするけど、それでも安心出来る。
折角の綺麗で大好きな先輩の素顔を、いつでも見れるってのが魅力的だと思ったから、聞いてみただけ。
「勿体無い?」
でも、先輩は少しもそんなことには気付かずに、俺の言葉を不思議そうに反芻している。
この人は、本当に他人のことには鋭いのに、自分のことになったら天然的に鈍くなる。
今だって、自分の素顔がどれだけ格好いいかわかってないから、不思議そうにしているんだ。
「先輩、格好いいのに」
「俺が?違うだろ、格好いいというのは手塚のようなのに使う言葉だろ。中身はどうあれ…」
先輩、微妙に酷いこと言ってる気がするんすけど…
「先輩、少しは自分の顔をちゃんと見て下さい」
いくら目が悪いからって、自分の顔くらいわかるだろ。
「見てるよ、何もないときはコンタクトにしたりしてるんだから」
「それで、何で自分が格好いいと思わないんですか?」
「普通だろ?」
駄目だ…
何で、この人は自分の素顔が部長に張り合えるくらい格好いいってことに気付かないんだろう。
「先輩、俺のことや部長のことを天然・天然って言ってますけど、先輩だってかなりの天然っすよ」
「何だよ、海堂まで。不二みたいに…」
そうか、不二先輩が既に言っていたか。
そうだよな、あの人も部長と乾先輩の幼馴染だもんな。
よーくわかってるんだろうな…
「不二先輩、他に何か言ってませんでしたか?」
「不二?んー、ああ、確か…」
『乾さ、その眼鏡になってから、今まで煩いくらいに傍に寄ってきていたお姉さんがたが全くいなくなったって、気付いてる?ああ、お姉さんだけじゃなくて、男女問わずでやってきてたね』
「…って、言われたけど」
「何っすか、それ?」
「ん、何かさ。この眼鏡にする前はさ、歩いてると片っ端から男女年齢問わずでさ、色んな人に声かけられまくってさー。挙句に、家まで付いてこられたりしてさー、嫌なことがあったんだよね」
それ、男女問わずで、ナンパ…果てはストーカーにまで合ってたってことっすか?
「それがさ、眼鏡をコレにしてから確かにピタッとなくなったんだよね。俺って、そんなに嫌がらせしたくなるような顔してる?」
「先輩…」
ある意味、あってるっす。
嫌がらせというか、こう何というか…泣かせて見たいとか…泣かされて見たいとか…
先輩って、子供っぽいときと、大人っぽい時のギャップが激しいからどっちもOKなんですね、きっと。
「先輩、やっぱり眼鏡しててください」
わかってないこの人を守るためにも、この黒ブチ眼鏡は必要だと、俺は確信した。
この不特定多数の何処の誰だかわからない連中が沢山いる、学校なんか…いや他にもテニスの大会とかで、先輩が素顔で歩いていたら、俺は気が気じゃなくて、先輩から離れられなくて、試合に出れねぇし、もし出たとしても試合どころじゃなくなる。
俺の心の平穏のためにも、先輩には眼鏡をかけていてもらおう。
「その代り…」
「その代り?」
「俺と2人の時は、コンタクトか目の見える薄い眼鏡にしてください」
俺の大好きな先輩の素顔は俺だけのもの。
これからはずっと、先輩の素顔は俺の独り占め。
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