汁  <乾・海堂について11のお題 テーマ:乾 貞治 03>



『恋人の許せないところはありますか?』

ある
はっきり言って、一つだけどうしても許せないものがある。

「かおちゃんが?」
「っす」
「乾に許せないことがあるの?」

何でそんなに菊丸先輩は不思議そうに聞いてくるのだろう?
俺にだって、乾先輩のことで許せないことの一つや二つ…一つや…一つだけだけど…

「えー?何々?気になるにゃー」
「わかんないんっすか?」
「え?わかるわけないよ。俺ってばずっと、かおちゃんは乾に不満なんてないって思ってたもん」
「ありますよ」

なかったと言えば、なかった。
去年はなかった。
今年だってなかった。
そう、あの人がレギュラー落ちするまでは。

「え?かおちゃん、乾がレギュラーじゃないのが不満なの?」
「違います」

そんな、俺が奪ったようなものなのに、それに不満なんかあるわけない。
そりゃ、それのせいで他の部員のことまで気にするようになったことは、大いに不満だけど。
でも…

「不満じゃなくて、許せないんです」

そう、不満なら沢山ある。
俺以外の人のことも気にかけているとか、誰にでも優しいとか、全然、弱ってるとことか見せてくれなくて、俺ばっかり情けないとこ見せてるとか…
でも、許せないことは一つだけ。

「何がだよー?」
「汁っす」
「汁?」
「っす」

そう許せないのは、あの野菜汁に始まった、地獄の罰ゲーム用の汁の数々。
野菜汁・青酢の餌食になった俺としては、あれだけはどうしても許せない。

「あー、あれは確かに許せないよねー」

大石が作ったとしても、許せないもんねー、俺でも。
うんうん
それがまともな人間の意見ですよね。
若干、否定派の人もいますが。
誰かは絶対に口に出さないけど…

「ねぇ、海堂。もしかして、僕のこと呼んだ?」
「呼んでないっす」

何でわかったんだろう?
俺、口に出してないよな?
気になって菊丸先輩を見るが、菊丸先輩もキョトンとしていた。

「そっか、何となくだけど、海堂の心の声が聞こえた気がしたんだよねー」

心の声!?
何で、そんなんが聞こえるんですか!?
やっぱり、この人だけは敵に回しちゃダメだ。

「ところで何の話?」
「かおちゃんがさ、乾のことで許せないことがあるっていうから、何か聞いてたんだにゃ」
「あるの?」

そんな不思議そうに聞くことですか?
不二先輩にだって、河村先輩のことで、許せないことの一つや二つ…

「何言ってるの?あるわけないでしょ」

っすよね。
不二先輩に聞いた俺がバカだった。

「海堂もあるわけないと思ってたけど…あっ…い…」
「呼ばないで下さい」
「こういうのは本人言ったほうがいいよ?」
「言っても無駄っす?」
「そうにゃ、不二。無駄にゃ」
「どうしたの英二まで?」
「言って何とかなるにゃら、既に何とかなってるにゃ」

その通りっす、菊丸先輩。
普段バカ猫って思ってましたけど、実はそうバカでもなかったんですね。

「海堂、それじゃ英二があんまりにも可哀相だよ」
「にゃ?」

俺、口に出しましたか?
そんなわけねぇよな、その証拠に、菊丸先輩はわかってないし。

「お願いですから、心の中を覗くのは止めてください」
「覗いてないよ。勝手に聞こえてくるだけ、ネ」

ねじゃねぇから。
余計、性質が悪い。

「それで乾の何が許せないの?」

この人も結構、先輩に劣らずに突飛だよなー
マイペースな人ってのは、皆、そうなんかな?

「汁っす」
「あ、なるほどね。だから、言ってもどうにもならないか」
「っす」
「美味しいのに」
「不味いっす」
「不味いにゃ」

やっぱり、この人には言っても無駄だな。
唯一、あれを美味いといえる人物だからな。

「そんなに許せないの?」
「つーか、あれを俺にも飲ませるのが許せないっす!!」
「あー、なるほど」

別に先輩のしたいことにとやかく言う気はない。
でも、あれをあんなに俺が嫌がったのにもかかわらずに、飲ませやがる。
俺はアンタの何なんだ!!

「要するに、汁自体が許せないんじゃなくて、あれを自分にも飲ませるから許せないんだ」
「っす」
「確かに、恋人なんだから、少しは何かして欲しいよね」
「っす」
「な!!ずるいにゃ、かおちゃん」

何処が?
恋人なんだから、それくらい思ったっていいじゃねーか。

「素直に言ってみたら」
「無駄でした」

既に言った。
そしたら「部活中に、そういう贔屓はダメだろ」だとよ。
あれは絶対に、そんなの関係なく一人でも多くのデーターが取りたいだけだ。

「じゃあさ、止めてくれなきゃ別れてやるってのはどう?」
「それいい、それだったら流石の乾も止めるにゃ」
「そんなこと言って、いいよって言われたらどうするんっすか!!」

な、何て無責任なことを言ってくれるんだ。
もし、それで先輩が「いいよ、っじゃ」とか言ったら、俺はどうなるんだ。
そ、そんなの絶対に嫌だ!!

「そしたら、俺が乾先輩と付き合ってあげますから、海堂先輩には桃先輩あげますよ」
「いらん!!それに、先輩は渡さねぇ」
「おチビ、いつの間に」
「越前もやるね」

ったく、どいつもこいつも俺の先輩を狙いやがって。
特にこいつは要注意だ。
大体、てめぇはいつの間に入ってきたんだ。
それに、何で乾先輩を渡して、あのバカを貰わなきゃいけねぇんだ。
ふざけるのも大概にしろ。

「本気なのに」
「尚、悪いわ!!」
「それが嫌なら、他は何かあるかな?」
「ないっしょ。あれはもう、乾のライフワークみたいなもんだしー」

嫌だ、そんなの。
ライフワークだなんて、そんなことになったら一生ついてまわるじゃねーか。

「海堂、既に乾と一生一緒のつもりなんだ」
「当たり前です」
「そんなのわからないっすよ」
「お前、俺に喧嘩売ってるのか?」
「俺は事実を言ったまでです」
「何だと」
「何やってんの?手塚睨んでるよ?」

乾先輩!?
丁度、いいとこに…いや、悪いところに…

「乾先輩、海堂先輩が先輩に不満があるそうっすよ?」

越前、余計なことを。
それに不満じゃなくて、許せないことだって言ってるだろう。

「何?海堂?」
「不満はないっす」

先輩もそんな顔して俺を見るな!!

「かおちゃんは、乾の汁が許せないんだって」
「これからも俺に飲ませるなら、別れるって言ってたよ」

何てこと言うんだ、あんたたちは!!
俺は一言もそんなことは言っていない!!

「先輩、違うんっす」

許せないのは許せないけど、それで別れるなんて…
別れるくらいなら、いくらでも我慢するっす。

「そんなに嫌」
「嫌っす」
「仕方ないな、少し考えてみるよ」
「本当っすか?」
「うん、これが原因で別れられても困るからね」
「先輩…」

どうしよう、マジスッゲー嬉しい。
何かもう、似合わないの承知で背後に花咲かせたい気分だ。

「ラフレシアっすか?」
「冬虫夏草とか?」

何とでもいいやがれ。
俺は今、最高に気分がいいんだ。
ん?だから、人の思考を読むなって。
それも、何で2人に増えてんだよ。

「気にしない」
「気にしないことっす」

気にするわ。

「そんなことよりよかったじゃない」
「そうにゃ、これで上手くいけば、あの不味い汁たちとサヨナラできるにゃ」
「ついでに、乾先輩ともサヨナラしてくれたらよかったのに」
「お前、どさくさに紛れて、何言いやがる」

やっぱり、越前は油断ならねぇ。
何と言われも、先輩だけは渡さねぇからな。

「お前ら、延々と無駄話ばかりしおって、いい度胸だな」
「だから忠告してやったのに…」

部長!?
ヤベッ…すっかり忘れてた。
今は思いっきり、部活中じゃねーか。
それも、さっきわざわざ先輩が忠告してくれてたのに……
これはもう…覚悟決めなきゃいけないか

「不二・菊丸・海堂・越前…」

何周だ…?

「グラウンド50周」

……これじゃ、きっと自主練のランニングは中止にされんな…

「自主練中止ね」

ほら…

「変わりに、俺の家でお前の好きな飲み物を作ってあげるよ」

たまにはいいか
それに、汁飲まされるよりは、走ってるほうが楽だしな。

で、結局、汁が改良されたり中止になったかというと……

「わーん、乾のバカー」
「結局、変わらないじゃないっすか」
「どうかな?ね、海堂」

何で、この人は知ってるんだ?

「はい、海堂」
「っす」

俺に渡される分だけ、ひっそりと同じ色の違う飲み物が配られるようになった。

『恋人の許せないところはありますか?』

あるわけねぇだろ、そんなもん。

Fin