トントントンと階段を一定のリズムで駆け上る音が聞こえる。
忙しなく走るでもなく、のんびり歩くでもなく、丁度いい速度で聞こえる音。
「あと5秒…」
4・3・2・1……
屋上の欄干を背もたれに、屋上のドアを見つめながらカウントを始める乾。
「0」
ガチャ
乾のカウントが0になったと同時に開くドア。
「やぁ、海堂」
「先輩…」
片手を上げつ乾の視線の先、ドアから出てきた海堂は、乾の姿を認め、遅くなってしまったことにバツが悪そうな顔をした。
「すみません、遅くなって」
「気にしてないよ」
「授業が終らなくて…」
「あの先生は時間通りに終ることが少ないからね」
「はぁ…」
乾の隣に座って、遅くなった理由を話す海堂に乾が優しく笑いかける。
乾の言葉に、海堂は何でそんなことまで知ってるんだと言いたそうな表情で乾を見る。
「あの先生、俺も去年受けたから」
「っすか」
そうじゃなくて、何でうちの担当知ってるんだ?という意味だったのにとは思ったものの、そんなことを言うだけ無駄だと悟った海堂は、一つ嘆息して、それでその話を打ち切る。
「賢明な判断だね」
「……先輩、不二先輩見たいっすよ、それじゃ…」
「それは嫌だなー」
海堂の言葉に、苦笑を浮かべる乾。
乾は海堂の表情や性格から判断して、考えてることを予想してるのだが、不二はそういうのじゃなく人の考えがわかっているようで、それに似てると言われるのは乾にしても苦笑を禁じえないというところだろう。
「……先輩、昼飯……」
海堂の視線が乾の手の中の袋で止まる。
「うん?ああ、今日は時間がなくてね」
ガサゴソと海堂が見ている袋から乾が、屋上に来る前に学食で買ったパンを出してくる。
乾の両親は多忙で、ほとんど家にいない。
そのせいで、乾は昼食は自分で弁当を買うか、こうやって学食で何かを買ったりしていた。
「だから、一緒に作って貰うって言ったのに…」
「それは穂摘さんに悪いよ」
「……栄養が偏る……」
逆に海堂は母親が専業主婦のために、毎日、欠かさず弁当を持ってきていた。
それも家事が趣味だと言っても差し支えない母親による豪華弁当だ。
日々それを食し、乾にメニューを作ってもらってるうちに、その乾本人から偏った栄養を摂りつづけた結果及ぼす悪影響を聞かされていたせいか、やけに栄養面を気にするようになっていた。
それも乾の教育の賜物か、逆に教育が悪かったのか、乾の食生活での栄養面でだけ気にするようになっていたのだ。
これには乾も苦笑するしかなかった。
「明日はちゃんと作るよ」
「だからって、徹夜したら別れるっすよ」
「肝に銘じておきます」
因みに海堂のそれは乾の食生活だけに留まらず、生活習慣全てに及んでいる。
全て乾が教育したものだし、乾を心配しての言葉だけに乾も強く出れなくなっていた。
「仕方ねーっすね、ほら」
自分のお弁当箱を開けて、海堂はご飯・おかずを全て均等に分けて、蓋の裏に乗せて乾に渡す。
「いや、いいよ」
「いいから、食べて下さい」
「でも、そうしたら海堂の分が減るだろ」
「先輩のパンも分ければいいっす」
「でもな…」
「いいから、食べないならこれは捨てます」
「わかった、食べるよ」
貰うのは悪いと中々受け取らない乾にイライラしてきた海堂は、ご飯を分けた蓋を持って立ち上がろうとする。
流石にそれには焦った乾が、慌てて押し留める。
「わかればいいんっす」
乾が食べることにしたことで、気を良くした海堂は乾の隣に座りなおす。
「じゃあ、これ」
「頂きます」
「っす」
丁寧に手を合わせた後、食べ始めた乾を見て満足そうに笑う海堂。
「相変わらず穂摘さんの料理は美味しいね」
「っす」
美味しそうに食べる乾と一緒に同じ料理を食べる。
まるで一緒に暮らして、同じお弁当を食べているようで、嬉しいやら恥ずかしいやらで海堂の頬が微かに朱に染まる。
「ご馳走様、美味しかったよ」
「っす」
「…?海堂?」
「何でもないです」
「俺、まだ何も言ってないけど?」
「っ!」
まだ赤い顔の理由を聞かれたくなくて、海堂が何もないと言うと、乾が楽しそうにクスリと笑う。
「嬉しかったよ、有難う」
「っす」
敢て、赤くなっている理由を聞かない乾にホッとしながら、海堂は乾の言葉に擽ったそうに目を細める。
「ねぇ、海堂」
「何っすか?」
「こういうのもいいよね」
「っすね」
食べきったお弁当を片付けて、パンの袋も一まとめにして小さくして、二人は自分たちしかいない屋上でそっと寄り添う。
「ところで海堂。提案があるんだけど」
「偶然っすね、俺もあるんっすよ」
くっついてるほうの腕を絡めて、顔を見合わせて笑いあう。
お互いの表情を見ただけで、相手が何を言いたいのか悟ったからだ。
「「弁当の交換しよう」」
同時に声を出して、そっと唇を重ね合わせる。
「海堂に食べてもらうためなら、毎日、欠かさず作るよ」
「俺も、先輩が食べるなら、自分で作るっす」
「明日が楽しみだなー」
「はい」
相手が作ってくれるお弁当への想像と、自分が相手に食べてもらうために作るお弁当の中身とかを考えて、二人とも幸せそうに笑う。
作ることすらも楽しいと思えるような相手と出逢えた幸せを噛締めて。
|